忍少年と隠忍自重 045


「―――扉を開けてやれ」

轟と唸りを上げながら、扉が開かれる。
それに、元<ゲン>や律<リツ>、顔を上げた健太が安堵の息をついた。

「ほうら。さっさと出て行けよ。俺達の気が変わらないうちにさ」

男達が真ん中の道を大きく開けた。


「扉の前にいる奴ら全員、真中にいけ!!」
「はいはい。注文が多いなぁ…」

渋々と言った風に、扉付近にいた連中もゆっくりと真ん中に集まる。
こうして逃げるための道が切り開かれた事を確認すると、元<ゲン>が律<リツ>に言った。

「律<リツ>。健太を頼んだぞ…!!」
「わ、分かった…」

ふと、元<ゲン>と忍の眼が合った。
しかし直ぐに、罰が悪そうに元<ゲン>はそっぽを向く。


「―――空<ソラ>先輩…」

気遣うように、元<ゲン>が立ちつくしている空<ソラ>に声をかけた。
空<ソラ>は忍の傍を離れようとしなかった。
俯いて、忍の二の腕を掴んでいる。
思わず、忍が声をかけた。

「空<ソラ>さん…」

その瞬間、弾かれたように空<ソラ>は顔を上げた。
汚れた顔に埋め込まれた大きな二つの目―――そこから涙が溢れる。

「しのぶくん…お願いだから一緒に来て…っ!!」
「おかしな事を言うね。―――君達がここを出られる条件は、俺がここに残る事。俺も一緒じゃ本末転倒だ」
「駄目…っ。残るなんて駄目っ!!」
「…帰りたくないの?」
「帰りたいよ!!だけど―――」

しのぶくんも、いっしょに…

しかし、空<ソラ>が最後までそれを言う事は出来なかった。
忍が、空<ソラ>の二の腕を荒々しく掴んで立ち上がらせる。
忍らしくない、その乱暴さに、空<ソラ>が痛みに顔を歪めた。

「いた……っ」
「―――我儘言わんといて。これはうちの問題や。うちの問題に首を突っ込んでほしくない」

拒絶する冷たい眼で、忍は空<ソラ>を見下げる。
それは思わず空<ソラ>が息を飲んでしまうほど冷たく、そして恐ろしいものだった。
無表情だからこそ、怒り顔なんかよりもよっぽど怖かった。
冷水を浴びたように、ぴたりと空<ソラ>は硬直するしかなかった。

「しのぶ…くん…」
「―――律<リツ>。空<ソラ>さんをお願い」
「…。お前に、お願いされるまでもない…」

健太の腕を己の肩に回して支えた律<リツ>も、元<ゲン>と同じようにそっぽを向いて冷たくそう答えた。
しかし、どこか罪悪感さえ募らせたような、苦しげな声が、それだけじゃないように忍には感じた。
唯一健太だけがじっと忍を見ていた。
―――ただし、その潰れた顔では、見られているかどうかさえ、忍は分からなかったが。

もう一度だけ、忍は空<ソラ>を見た。
空<ソラ>は忍の冷たい態度に打ちひしがれ、うな垂れていた。
それでも諦めきれないのか、ぎゅっと握り拳を二つ作って、忍と向かい合っている。
忍を連れていく事を、まだ諦めていない…とでも言うように。
それこそ、忍がうろたえてしまう。
拒絶し、一線を引き、突き飛ばした自覚が忍はあった。
それでも、こうやって忍を気遣う空<ソラ>の気持ちが、やはり全く分からなかった。

―――分からなかったが、その気持ちが向けられる事は…悪くない気分だ。

一瞬、忍の眼に慈悲深い暖かな焔が灯った。

空<ソラ>の纏った制服は破けた個所が多く、きっと外に出れば冬に似た寒さにか細い身は震えるに違いない。
忍は床に捨てられた自分のコートを掴むと、埃を払ってそれを空<ソラ>の背中にかける。

それに、のろのろと空<ソラ>は顔を上げた。

「しのぶくん…」
「―――こんな汚いもので申し訳ないけど。…外は寒いから」

空<ソラ>を後押しするように、その体を半回転させて、律<リツ>の傍まで押した。
それから忍は元<ゲン>の傍まで歩み寄ったかと思うと、人質となっている藤堂の耳に囁きかけた。

「あんたに聞きたい事があるん。―――ここはどこや?」


まさかこの状況でそんな事を尋ねられるとは思わなかった藤堂は、忍の質問が脳に行き届くまで大層な時間がかかった。

それでも藤堂は忍の質問には、素直に答えた。住所を聞き終えると、忍の気配が僅かに緩んだ―――かと思えば、「そうそう」と付け足して、再び藤堂の二の腕にそっと触れた。

「―――けったいな<おかしな>事して、うちをげんなり<がっかり>させんといてな、藤堂はん―――なんもせんかったら、きっとなんでもない将来を送らせたるさかい。けんど、もし何かしおったら―――」

掴んだ二の腕に力を込めながら―――

「おんどれ(てめぇ)……覚悟だけはしときな……」

その恐喝は、元<ゲン>が首元に突き付けている刃よりも鋭く、深く藤堂の体に突き刺さった。
まるで極道者に銃をこめかみに突き付けられたような恐怖心を、間違いなく感じたのだ。
藤堂は頷く事も出来ないまま、だらだらと冷や汗を流し、ひゅうひゅうと喉仏を鳴らす。

しばらく忍は藤堂に圧力をかけるかのようにじっと見てから、茫然としている元<ゲン>の肩を叩いた。
途端に、びくりと元<ゲン>の肩は跳ねる。

忍のころころと変わる一面に、未だ驚きを隠せないようだった。

「―――みんなをよろしくね」

そうしてから、忍は一歩二歩と退歩し、捕捉されていた柱に座り込む。

―――動かないと、それを証明するように…

元<ゲン>は躊躇い、忍のいる後ろを振り向こうとして―――けれど結局、元<ゲン>は振り返らなかった。


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