忍少年と隠忍自重 042


優艶な笑みを零して、忍は尚も優しく、そしてじゃれるように藤堂に話しかけた。
しかし、それは男達には聞こえないような、小さな声で。

「―――痛い思いはもう嫌やろ?」
「…」
「なら、みんなを解放しな。うちはここに残るんや。それだけでも譲歩したと思っとくれんと…」
「…駄目だ…」

藤堂が上げかけた悲鳴をどうにか押し殺し、その反動で細かく体を痙攣させた。
忍が、包帯の中にある板を圧迫して、骨折した指先を苛めたのだ。
それは藤堂が身を引いて逃げようとしたから、戒めるように忠告したのだった。

―――砕くぞ?

忍の艶やかな笑みは優しげではある。
しかし、その眼の奥に潜む獣が牙を剥いて、藤堂を威嚇していた。
一度に、複数の指を何のためらいもなく折られた恐怖を、味わったばかりの藤堂には、忍の少しの刺激も恐怖にしかならなかった。

「うちは別にかまへんよ…?このままおまえの情けない悲鳴、ここにいる連中に聞かせても…」

それは藤堂のプライドをズタズタに引き裂く行為以外の何者でもない。
一度どころか二度までも―――こんな少年にやられたとなっては、男の面目が立たないのだ。
もしも次、忍にまた指を容赦なく刺激されれば、情けなく悲鳴を上げて、きっと本能のまま懇願するに違いなかった。
その予感に、藤堂は葛藤を続けていた。

「…っ」
「―――さぁて、どうしましょ…」

微動だ一つで、忍は容赦なく藤堂の指先を握りしめる。
振りほどけば容易に剥がれそうなのに―――しかし忍は、例え藤堂が暴れて離れようとしても、決して藤堂の指先を掴んで離さないだろう。

―――恐らく、雷が鳴っても離さない。

痛くなりそうで、痛くならない―――その絶妙な力加減にじりじりと精神を焼かれて、藤堂は泣きそうな声を出した。

「止めて…くれ…」


「おーい、藤堂。どうしたよ…?」

遠くから、藤堂の仲間達が椅子から上半身を反らせて、声をかける。
まったく微動だしない藤堂に不信感を抱いたのだ。
しかしだからといって、ゲームの途中で抜け出す事をしたくない仲間達が、こちらに来る様子はない。

「な、なんでもねぇ…っ」
「そ、そうか…?」
「楽しんでる所邪魔すんじゃねぇよ!!」

忍の辛辣な皮肉の笑みを背中で受け止めながら、藤堂は『忍の言うとおり』憤りを含んでそう叫んだ。
それに声をかけた男は肩をすくめて、「はいはい」と触らぬ神に祟りなしとばかりに再びゲームに戻った。
何も言わないが、忍が満足した事を確かめて藤堂はほっと息をつく。

「―――藤堂はん」

ついに、藤堂は忍の頬からナイフを下した。

「…わ、分かった。言うとおりにする…するから…」

忍が肩の力を抜いた。
しかし、それは本当に一瞬の事で、再び気を引き締めるように背筋を伸ばす。

「そんなら、まずそのナイフをうちに渡しな」
「……」
「藤堂はん」

渋った様子の藤堂の名前を、殊更ゆっくりと忍が呼べば、まるで魔法にでもかかったように、藤堂は速やかに―――けれどばれないよう忍の片手に握らせた。

「―――空<ソラ>はん。じぃとしててな……」

穏やかな日差しのように柔らかい口調と声音―――藤堂に向ける、骨の髄まで凍りつきそうな口調や声音の欠片もなかった。
空<ソラ>はこくりと、稚児のように首を縦に振った。
忍は自分の手に握られたのを、指先の感覚だけで確かめてから、隣にいる空<ソラ>の縄を切り始める。

―――しかし、そのナイフがいくら万能と言えど、親指ほど太さのある縄を片手で切ろうとするのは、骨の折れる作業だった。

更には、隙を見ては逃げようと悪あがきを続ける藤堂を律し、目を光らせていなければいけない。
もちろん、この異変に気づかれないよう、無抵抗の捕虜の『フリ』を続けながら。
ノコギリのように、上下に擦りながら―――空<ソラ>の柔らかな手首を傷つけないよう、慎重に削っていく。
このまま続けていれば、恐らく切れるのだろうが、何分時間が無い―――忍はさてはてどうしたものかと頭を悩ませている時だった。

「おい…っ。やばいって……!!」

警告を出したのは律<リツ>だった。
それに、忍達は弾かれたように、視点をテーブル席に向けた。
男の一人がテーブル席から立ち上がって、速足でこちらに向かってくる。

こちらの企みが勘ずかれたか―――いや、そうではないようだ。
彼は興味本位でこっちに来ている。

忍は忌々しそうに目を細めた。



―――やはり事は穏便になんて運ばない。


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