忍少年と隠忍自重 041


「なぁ…藤堂はん。折り入ってお願いがあるんや……」

忍の声音が、がらりと変わった。
そして、口調も―――
懇意するように、相手を甘く溶かすような艶然たる吐息を零し、甘えるように藤堂に囁いた。
それにぎょっとしたのは空<ソラ>や後輩たちだ。
本当にこれがあの忍なのかと思うほど、別人のそれだった。
一体忍が何を始めようとしているのか、それがまったく分からない。
媚びて、藤堂の慈悲を恵んでもらおうとでもしているのだろうか?

「…っ」

一方の藤堂は、何故か冷や汗をだらだらと流していた。
血相を変えて、その顔色が白に近い青になっている。
焦点が合っていなくて、こちらまで歩み寄って来た時の、藤堂の余裕など一切なかった。
ぶるぶるとナイフを握る手を震わせている。

―――一体何が起こっている?

尋常じゃない藤堂の怯えよう。
忍の頬に当てたナイフが痙攣している。

忍はまた、親しそうに―――殊更ゆったりとした口調で、藤堂に語りかけた。

「うちを傷つけてもかまへん。―――代わりに、みんなを解放して欲しいんよ…。よろしやろ?なぁ、藤堂はん…?」

ぐっと、忍が藤堂のように体を摺り寄せる。
それにはまた、度肝を付かれた。
花魁が客に媚びるように―――しかし男である忍がやっても、何故か違和感がない。
どころか、妙に様になっているようで、こくりと誰かが生唾を飲んだ。

「てめぇ…状況が分かってねぇのかよ…俺はナイフを持ってるんだ…」
「だから…?」
「刺すぞ…っ」
「―――」
「…や、やめろ…っ」

蚊が鳴くような、弱々しい声だった。
今にも泣きそうで、逆に不憫とも感じるほどだ。

訳が、分からない。
一体何故これほど優遇である藤堂が怯えているのか。
まるで忍に脅されているようで―――事実、忍は無言で『脅していた』のだ。
空<ソラ>達はようやくその理由を見つける事が出来た。
思わずと言った風に、空<ソラ>が呟いた。

「…いつの間に……」

―――忍は背中を預ける柱に両手を回して束縛されていたはず。

しかし、今は妙な事に、縄はしっかりと柱に巻き付いているのにも関わらず、忍の両手は自由だった。
それも気付かれないよう、束縛されているフリをするために―――両手を後ろに回して『風体』を保っていた。
だが、良く見れば直ぐにばれてしまいそうなのに、誰もそれに気づく事は無かったのだ。

―――それは、決して縄がほどける事はないという先入観が、そうさせていた。

忍は自分の背中に藤堂の負傷した指先を引きずりこんでいて、尚も『親しそう』に藤堂と体をくっつける。
それは『このやり取り』を男達に気づかれないようにと、配慮した結果だった。

厳重に包帯で巻かれた指―――それこそ食い込むのではないかと思うほど、忍は藤堂の指先を握ってくれるので、藤堂の額には油汗が浮かぶ。

「おまえには、ほんま感謝しても感謝しきれへんわ…」

藤堂が忍の傍まで―――それこそ互いの吐息がかかるまで、なんの躊躇も無く近づいて来てくれたお陰。

藤堂がこれほど『単純』であったお陰。


忍は「おおきに」と、藤堂の耳元で囁く。

―――それは恋人に囁くような甘い吐息であったのに、藤堂にとっては皮肉で毒々しい悪魔の恐喝に聞こえた。


line
-41-

[back] [next]

[top] >[menu]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -