忍少年と隠忍自重 036


忍達の周りには、また沈黙が生じた。
互いに互いの顔も見る事が出来ず、沈鬱げに顔を伏せている。

「それにしてもよー。本当にあいつはあの『野郎』の愛人なのか?…ガセネタじゃん?」
「いやいやいや。『pandra』の連中捕まえて問い詰めたら、三人中三人同じ回答したから。『キング』に愛人が出来たってな」
「ああ。お前がボコって吐かせた連中な…」
「しかもどっかの情報だと、幹部クラスのクロガネも愛人の存在を認めたらしいぜ…?」
「え?それどこ情報だよ」
「『horn』の連中から情報屋が聞いたんだよ。俺はその情報を買った訳。高かったんだぜー?その情報」
「ふーん。けど、人違いとかないか?…どう見ても、俺にはあの面の魅力が分からないぜ…」

一斉に忍を見つめる。
忍は俯いたままで、長い前髪が顔を隠して、表情を伺う事は叶わない。
しかし、忍は気配を感じて顔を少し上げた。
垂れた前髪の間から、忍の黒い片目が覗く。

―――まるで、獲物を狙うような目だった。

ギラギラと殺気だっている訳じゃない。
冷静に、息を潜ませて、まるで餌を目の前にする、餓えた野獣のようだった。
誰かが息を飲んだ。
しかし、何故あんな少年一人に臆す必要があるのかと、男達は気丈に振る舞った。

大丈夫だ。あれは鎖に繋がっている。
自分達は檻の外から見ているのだから、一体何を恐れると言うのか。

「『キング』も趣向変えたのかー?愛人って事はつまり、そういう事だろう?」
「あんなのに欲情出来るかー??」
「しかも男だし」
「体の具合が良かったんじゃねぇ?」
「美人食い過ぎて、タイプ変わったのかもよ…?」
「・・・しかしまぁ、あんな地味で優等生な愛人を持とうなんて、王様のご大層なお考えは分からねぇな」

「違ぇねぇや」


冷や汗を隠しながら声を潜め、笑う男達。
しかし、忍はそれに反応する事は無かった。

「ま、俺達からしてみればいい餌である事には変わりはないからな。丁重に扱ってやらないと…。なんせ王様の持ち物だからな」

男達は忍達に興味を無くしたのか―――視線を戻して、途中だったゲームやら、漫画やらを手に取る。






しばらくすると、笑い声が再び工場内に響いた。

「・・・っう」

その時、少年のうめき声が、小さく忍達の耳元まで聞こえた。
健太は意識を取り戻したようだ。
空の肩に寄りかかる様にしていた健太は、己が何をしていたのかと気づき、慌てて寄りかかっていた体を反対側へ傾けた。
しかし、歪んだ顔を更に歪ませて、前へ屈むように倒れてしまう。

「いってぇ・・・!」

咄嗟に反応したのは、監視役をする後輩―――元<ゲン>と律<リツ>だった。
駆け寄ろうとしたが、後ろで遊びほうけている連中を一度見て、それから一歩進んだ足を退歩させる。
悔しそうに唇を噛みしめている姿は、まるで自分を攻め入っているようにも見えた。

―――それは自分の身の安泰を第一優先してしまう、己の弱さに自己嫌悪しているように・・・

唯一空だけが、涙を止めて慌てた。

「け、健太君…っ」
「・・・ぅ・・・」

額を床に擦り付け、体を丸くする姿はまさに敗北者の姿。
相当酷い怪我に、健太はうめき声を漏らして体を震わせる。

「―――くしょう・・・」

ぽつりと呟かれた言葉。
それは涙さえ交じって、声を詰まらせて。
健太の背中をさすりながら、空もまた鼻をすすり、体を震わせる。

「な、泣かないで…」

こんな状態であっても、自分に余裕がない状態であっても、健太を気遣う空の姿。
それは献身的で同情を誘うものだった。
しかし、空の内心はそんな綺麗なものではなかった。

自分のせいで、後輩達を巻き込んだと思っているのだ。

だから、自分が責任を持たなければと、折れた柱を無理やり立たせようとしている。
忍はやはり何も言えなかった。
大丈夫だと、根拠も無い励ましの言葉でも言う事も出来ず。
床に頭をこすりつけ、巻き込んだ事への謝罪を繰り返して許しを請えない。

その無意味さを知っている忍は、沈黙を保った。

―――自分がすべき事は、何が何でも、彼らを無事に逃がしてあげる事だ。

そして、彼らの不安も、何もかもを取り払い、元の生活にそのまま戻さなければ。
そのためなら、なんだってやろう…。

何でも。

黒い双眼の奥に封じられた赤が燃え立つ。
何者にも変えられない、断固たる意思が忍の視線の鋭さに現れた。
それは正義感や使命感などでは無い。

―――さぁ、考えろ

どうやって彼らを『逃がすか』を…

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