忍少年と隠忍自重 027


簾の内側では、未だ慌ただしい状況だ。
それにも関らず、うっすらと涼しげに微笑を零し、その若者は穏やかに声をかけた。

「尊<ミコト>様。よろしいですね?」

男として成熟しきっっていないが、少年として見るには不自然なほど大人びている。
その若者は、天性なる天宮家の美貌とは異なる美しさを持っていた。
美丈夫というよりも、美人という言葉が似合っている。
外で駆け回るよりも、屋根の下で読書をすることを好みそうな知的な印象で、病的に白い肌も目につく。
からす色の前髪を左右に分け、肩につくまでではないものの、少し長めに整えられていた。
薄い群青色の着物に、紺色の袴。着物の中には、首元まで覆う白いシャツを着ている。

―――まるで、大正時代の男性が着るような装いだ

ふいに、その若者は小さいく息をつく。
未だ主は発作が止まらないのか、咳を続けている。
恐らく、当分は話す事さえままならないだろう。
若者は仕方がないと言わんばかりに吐息を零し、それでも尚口元に余裕の微笑を浮かべていた。

「―――やれ。どうやら尊<ミコト>様は、お忙しいようですね」

敬語を使ってはいるが、その物言いから敬意が感じ取れない。
得体のしれない、漆黒に潰れた眼がゆっくりと翔を見た。
視線の流し方さえ、優雅だ。

「翔様。申し訳ありませんが、我が主はしばらく休息が必要です。―――ご察しいただけますね?」

タイミング良く現れた相手―――それが果たして故意だったかは、不明だ。
翔は無言で立ち上がった。







通された部屋は、主のいる部屋より狭い座敷だった。
ただし、手入れや配慮に怠った様子は一切ない。
長方形の黒い卓。互いに顔を見あえるよう、向かい合って座っていた。
若者が正座の一方、お堅い事は一切を苦手とする翔は足を崩して胡坐をかいている。
出されたお茶にも和菓子にも、二人は手をつけなかった。

話を始めたのは、若者からだった。

「尊<ミコト>様はただ今、大事な『小鳥』を失い、憂いておられます。悲しみと困惑の深みに囚われて、我を失っておられる」

翔は冷笑する。

「―――その『小鳥』も解放されて良かったじゃないか。あんな『いかれた』人間の傍なんざ溜まったもんじゃねぇだろう」
「その『小鳥』も含めて、我々はそのお方のお陰で、このように生きながらえております。我々にとって主の存在は『神』にさえ等しいお方。主に対して、我々は恒久の敬愛を抱いております。…その様に同じ血を受け継ぐ弟君がおっしゃられるのを聞くのは、心苦しいものですね」

沈痛な面持ちで、若者は俯き加減になった。

同情して励ましたい様な衝動に駆られる落ち込みよう―――しかし、翔にはそれがどうも胡散臭く見える。

その仕草があまりに『完璧』過ぎて、まるで演劇の舞台に立つ役者を見ているような気がしてしまう。

しかも『主』が発作を起こそうと冷静に対処し、いつもの事だと態度さえ変えなかった。
敬愛していると言う割には、反応がそれに伴っていなかった。

翔は改めてその若者を凝視した。
翔の不躾な視線に気づき、若者は小さく頭を下げる。

「―――申し遅れました。家長としてごあいさつするのは初めてですね。先日襲名し、『服部』<ハットリ>家の当主となりました。『才』<サイ>とお呼び下さい。以後、お見知りおき下さいませ」

優艶に、才と名乗った若者は眼で挨拶をする。
まだ家を存続させる責務を背負うには若すぎるように思えるが、実際先代当主はみな早々と世襲する習慣があった。

時に、言葉も話せぬ稚児であっても、一族の主として御役目を全うする事もあるのだ。

口元の涼しげな笑みは、天宮家の次男を目の前にしても緊張に硬くなる事はない。

むしろ自然なそれに、『さすが服部家』というべきか。

キングの眼に、何か嫌なモノを見るような疎外感が含まれる。
それは、『服部家』という存在を心底嫌悪している故の、拒絶反応だった。

「……という事は、お前が次の『付き人』か」

付き人の仕事は『主』の身の回りの世話。
それから、補佐として勤めたり、不自由な『主』に代わって手足のように動くのである。
『主』の付き人になるには、何事にも迅速に対応し、小さな水溜りさえ汲み取る事が出来る要領の良さ、そして動じない精神力が必要だ。

―――特に、『主』の数多な非道な行為は、人を簡単に発狂させる

彼のように、この箱庭でも笑みを浮かべられるぐらいでなければ、その仕事は続かない。

『主』の付き人として権利があるのは天宮家の人間ではない。

―――それこそ、戦国まで遡る頃から、その役目は『服部家』の当主と決まっていた。

天宮家の当主は、服部家の当主が守護する―――

服部家は、天宮家にとってなじみ深い一族だ。
その血筋が途絶えるまで服部家は天宮家に仕える契約をしてから、天宮家の傍で彼らを支え続けていた。
今でも、表舞台で活躍する天宮一族の背後には、いつだって服部家の人間がいる。

天宮家が指揮官で、服部家は兵隊。
天宮家が飼い主で、服部家は忠実犬。
天宮家が主君で、服部家は懐刀。

―――天宮家が日の光ならば、服部家は影。


天宮家が自分の力を誇示するために存在するとすれば、服部家はその人のために全てを投げ出して尽くす事が存在意義だ。

特に服部家の教育は徹底している。

周りに感化されないよう、世間とは縁を切り、ただ天宮家の栄光と発展だけを考えて行動しているのだ。
天宮家が持ち上がり続けているのは、無論天宮家がもとより優秀な血筋である事もあるが、服部家の捨て身による助力も無視する事は出来ない。

才は、ゆっくりと首を左右に振った。

「私は主の……尊様のお傍でお役に立てる事を、光栄と思っております。―――しかし、私は『付き人』ではありません」

翔は片方の柳眉を持ち上げた。
たった今、才は服部家の当主だと名乗った。

天宮家の家長に服部家の家長が『付き人』を務める習わしだ。

しかし、才は家長であるにも関わらず、『付き人ではない』と言う。

今まで例外など聞いた事がない翔は、その真意を伺うように才を凝視した。
むろんそんな無言でも、相手の欲しがるものを容易にくみ取れる服部一族だ。
才はわざとらしく、疲れたように苦笑を見せる。

「―――私が当主の座を継いだのは最近の事。しかし……未だ『主』は私を認めて下さらない」
「……」

「主は私を拒絶なさる。主のお世話をさせていただこうにも、主はがんとして私を傍に置きたがりません。…恐らく、私に何か不備でもあるのでしょう。私としても否定されるのは心苦しいものです」

声は憂いているが、その顔はやはり涼しげに笑みを零している。

「―――しかし、それも致し方の無い事です。主は『前任の付き人』をいたく気に入っておりましたから、それだけに私のような未熟者に代わって、不満を持たれているのかもしれません」

気になる事を聞いて、ぴくりと翔<キング>は反応を示した。

前任の付き人―――その噂はよく耳にする。
実際、興味もあった。

あの『実兄』が溺愛するあまり、屋敷の奥に閉じ込めて、誰との接触も禁止していたらしい事。
その容姿があまりにも美しいため、誰にも見せたくないと、顔を隠させた事。
挙句の果てには、前任の付き人と楽しげに会話していた服部家の者に嫉妬し、大けがを負わせた事。

数え切れないほどの噂があり、それを聞く限りでは随分と大事にしていたという服部家の前当主。
立派に天宮家の血を継ぐ翔<キング>でさえ、その姿を見た事が無い相手だ。

―――そういえば『小鳥』を失ったと言っていた。
同時に、服部家当主もいつの間にか変わっている。

噂を知っていれば、この二つを結びつけるのに時間など掛からなかった。

「……前の付き人はどうした」

死んだのか?

興味本位からそれを翔<キング>が問うと、才の顔から微笑みが消えた。
削げ落ちたように、その表情が無になる。
見ている方がぞっとするほどだ。
しかし、それは一瞬だった。
すぐにまた、作ったような笑顔に戻る。

「……私が服部家当主として襲名した―――それが『全て』です」


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