忍少年と隠忍自重 026


◇ ◇ ◇

周りの情景は、どこを見渡しても鬱葱と茂る竹林しか見えない。
唯一車の通れる狭い道も山道のように入り組んでいて、交通面では全く整備されていなかった。
最奥に何も期待が出来ないほど、進むにつれて道が細くなっていくが、それはあくまで他者の目を欺くために他ならない。

入り組んだ道々を根気強く進んでいけば、竹林の鉄壁に隠れるように構えた、古風な屋敷がある。
しかし、古めかしい歴史的建造物に見せかけて、実際は最新の防犯システムを取り入れたアンバランスな箱庭で、もしも無理やり中へ入る事が出来ても、決して外へは出られない、『監獄』でもあった。

―――ここは『名門一族』の縄張り。

かの一族は―――『天宮家』と称している。

総理大臣や国会議員だけでなく、警察の上部にもその血縁者がいるとされ、今やマスコミに多く取り上げられている古より続く名家だ。
むろん芸能界や政治界、はたまたスポーツ界にさえその名を轟かせている事は、一部を除き、ほとんどの者は知らない。
それは『天宮』を名乗らず、名字を変えてしまう者が大半であるため、それが明るみにでる事が無いのだ。
神より与えられる天性をそっくりそのまま一族ごと受け継いでいる彼らは、常に他人から崇敬される事が多く、もっともこの国に影響を与える者達と言っても過言ではない。
ただし、天宮家の存在には多くの謎に満ちているため、他者による深入りは望めなかった。

他人が入る隙間すら、彼らは与えないのだ。

翔<キング>は、その一族の生まれだった。

その血に天宮のものが正当に流れているからこそ、出入りが許されている。

―――現当主の実弟として





天宮家の当主は生涯働く事はない。
一族を残すことに専念する事が、当主の使命だからだ。
尊い血を後世に残す確実な対策として、それは代々続く仕組みである。

翔の召集場所は、その天宮家当主が住まわう隠居。
天宮家当主一人のためだけに立てられた竜宮城である。
しかし、その当主一人が住まう隠れ場にしては、随分と敷地が広い。

―――けれど、そこで一生を過ごすには…

狭すぎる。

翔<キング>が直行で通されたのは、畳の敷かれた大部屋だった。
所々に、生け花や骨董品などが、部屋全体の見立てを良くしている。
ただ残念なのは、今は昼時であるというのに、その部屋は字を読むには灯りが必要な暗さで、哀愁という言葉よりも監獄の中の寂寞とした雰囲気で占領されていた。

そこは古風な屋敷の中にある一角―――この屋敷の『主』が大半の時間を過ごす部屋だった。

廊下側には、庭園が。

手入れの行きとどいた松や花。円形に模られた池の中には赤や白の鯉がたくましく泳いでいる。
散歩するに相応しいよう、石畳の人工道が蛇のように紆曲して伸びているが、一度たりともそこへ足を踏み入れた事は無かった。

主は、外に出る事を避けている。

だから、主のために作られたせっかくの庭も、十分に生かされないままである。

「お前が隠したんだ……」

庭へ視線を向けていた翔<キング>は妙な一声を聞いて、ゆっくりと『主』の方へ顔を向けた。
翔<キング>は胡坐をかいたまま、柳眉を寄せた。
ダークスーツでこの静粛な場に臨んだ彼は、らしくもなく、妙にきっちりとそれを着こなしていた。
第一ボタンどころか、態度も改まっているように見える。

「―――お前はオレに嫌がらせをしたくて、それで隠したんだろう……?」

その立場の差を明かすように一段高く設置されている向い側に『主』はいる。
むろん簾で境界線を敷かれているため、その姿はうっすらとしか見えない。
だが明らかに悲観に暮れている低い声―――それは苛立ちさえ思わせる。
翔<キング>は黙ったままだった。
主は、心底翔<キング>を嫌っていたから、余計な口を出して、癇癪でも起こされるのは溜まったもんじゃなかった。

―――相変わらず、情緒不安定の病んだ野郎だぜ……

本家から直接連絡があり、何事かと思えば当主からの召集号令。
次男が、一族の当主に従うのは当然のことで、目上の兄を待たせるなど以ての外。例え時間が取れなくても、無理やり時間を作り出せ―――何よりも、彼の命令が第一である。

―――それが、名門『天宮家』の掟だった。

主の声は、尚も翔<キング>を咎めた。

「どう考えても、お前以外考えられない」
「……」
「『籠の鳥』は自力で外へ出たりしない。できない。だから、誰かが出したんだ。―――誰か。……誰だ?誰がオレの持ち物を取った。奪った。―――何のために!!」

主の癇癪は、始まった。
低い男性の声で、子供のように幼稚な事を言う。
簾越しに、翔<キング>は指差されるのを影の形で知る。

「そうだ!!お前だっ!!お前はオレが困るのを楽しんでいる!!お前はオレが憎いから、オレを苦しめたいんだ!!だから、だからオレのものを奪った!!」
「……」
「返せっ!!アレはオレのモノ!!オレだけのものだっ!!」

最後は悲鳴のように。
悲観の色は薄れ、今や怒号になった。
耳を塞ぎたくなるような大音量にも関わらず、翔<キング>は微動だしなかった。

ただ、ばれないぐらいの小さなため息をついた。

呼び出しが一体なんなのかと思えば、そんな身も蓋もない、当てつけのような疑惑。
こんな事は何度もあったが、今回の主の焦り具合は尋常じゃなかった。

昔こそ、もう少し『おしとやか』であったのだが……。

「何故何も言わないっ!!翔!!お前は何故いつもオレに逆らうんだ!!―――オレは、オレは…お前を可愛がってやっただろう?たくさん、慈しんでやっただろう?それを、こんな仇返し……!!」
「……」
「―――分かった。お前はオレの座を狙っているんだろう?天宮家当主の座が、欲しいんだろう?……そうなんだ!!」

勘弁してほしいとばかりに、今度は内心で深くため息を零した。
そして、それはいつもの繰り返し。
呼び出しておいて、勝手に自問自答し、勝手に解決するのだ。

「―――翔!!今すぐアレを返せ!!」

何か鞘から抜き出すような、鋭い音。
主が、懐刀を手にしたのだ。
簾越しからでも分かる、殺気。
執着に似た、狂乱に似た、おぞましいほどの殺意。

今にも、この簾を払って襲ってきそうな気配がした。
まさしく紙一枚―――この薄い幕の障害など、すぐに突き破られるに違いない。

翔<キング>は考えていた。
その時は、逆に奴から刃を奪って、その腹にそれを突き刺してやろうと。

今度こそ、『殺してやる』と。

――――翔<キング>は、別に実兄が憎いわけじゃない

死にたくないから、襲われたら刺してやろうと思っているだけだ。


「……ごほっ!!」

しかし、異常なほどの咳の音と共に殺気は緩んだ。
立ち上がりかけた影がその場で崩れ、すぐさま簾の向こう側で複数の人間が介入する。

恐らく、興奮のしすぎで持病の発作を起こしたのだろう。

苦しそうな咳は未だ止まらず、血でも吐いているのではと思うほどそれは激しい。
使用人達の影が慌ただしそうに簾越しで走り回る。
これは日常茶飯事のことなどで、その動作にも無駄が無い。

奴は今弱っている状態だ。
このまま奴の元へ駆け寄って、止めでも刺して楽にしてやろうか。
誘惑に誘われるように、翔が立ち上がろうとした、その時だった。

「―――尊<ミコト>様」

翔<キング>の隣りから若い男の声がした。
笑っていそうな、穏やかな声だが、大げさなほど感情が籠っている。

「……」

この部屋へ入って来たならすぐに分かるというのに、その気配はこんなにも近づくまで察することが出来なかった。
翔<キング>は油断も出来ない、隣でお辞儀する相手を睨んだ。
本来、この部屋に入る事が許されるのは天宮家の人間のみ。

しかし、その若者は、天宮家の人間ではなかった。

「尊<ミコト>様。一度謁見は中止、という形でよろしいでしょうか」


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