忍少年と隠忍自重 017

「―――は…?」

忍の声は何故か震えた。

「何…言ってるんですか…。俺はあなたと関わり合いたくないって最初から言ったでしょ…?」
「なら何で俺とノコノコ【Pandra】のアジトまでついて来た」

「そ、それはあなたに―――」

そこで忍は言おうとした言葉を噛み締めた。
紅色の両目に潜む瞳が小さく震える。
忍の代わりに、キングが答えた。

「本気で拒絶するくらい、お前なら出来たはずだ。―――だが、お前はしっかり俺について来たじゃねぇか。それに俺が期待して、何が悪い」
「…」

「薩摩の野郎のところにいた時だって、お前は俺を選んだじゃねぇか。尚の事、お前が俺を求めてるんだって気を持つ事の何が悪い」
「あれは!!」

忍は身を乗り出すようにして声を張り上げた。
その言葉を根から否定するように。

「―――あの時、逃れるために、あなたを利用したまでだ…!」

金色に光る両目が、すっと細まる。
光が洩れて、それが怪しい眼光となった。
望んだ解を寄こさなかった忍に『キング』が不満を感じていると悟り、忍は勢いを取り戻した。

「あなた、これだけ俺に拒絶されながら、よく平然としていられますね。大抵の人間は意図を汲み取って下さるんですが。それとも俺があなたに興味があるとでも思っているんですか…?―――勘違いもいいところです」
「…」

「俺があなたと知り合う事を望んだ?―――それは自惚れというものです。俺はあなたがこうやって訪問してこなければ、二度と関わり合う事はなかったんですから」
「…」

「もう一度はっきりとあなたに言っておきます。―――俺にもう会いに来ないで下さい。出会っても、他人の振りをしてください。あなたが俺に構うのは、抵抗してくる存在がただ珍しいだけなのでしょうから。あなたが飽きるまでの辛抱だとも最初は思っていましたが、いつかその被害が俺の周りまで及びそうで、俺は特にそれが嫌なんですよ。さっきも言いましたように、あなたは人に影響を与える。―――あなたの言葉一つで、あなたの行動一つで、あなたの存在そのものが、俺には脅威だ。…それでも、もしもあなたが俺に近づくというのなら…」

忍の赤い眼光が『キング』を一目した。
念を押し、試すように忍は『キング』の金色を覗き込む。

「―――他の人同様、あなたを利用します。…あなたは、利用する価値は高いようですから」

無反応だった。
口を閉ざしたまま、何も言わない『キング』に、忍は相当堪えたのだと思っていた。
しかし、くつくつと低い音を腹の底から出して、突然と忍を嘲笑う。

「おいおいおい…それは一体なんの冗談だ…?」

胡坐をかいていた『キング』は、突然と身を乗り出して、何の構えもしていなかった忍の襟を掴んで、強引に引き寄せた。
忍の上半身は難なく卓の上へ乗りあがり、『キング』の顔とは息さえ掛るまでに近づいた。

「なにをする!!」
「聞けよ」

内緒話をするように、声を潜ませて。
おかしくてたまらないと言うように、『キング』は語りだした。

「―――顔が好みで血統も最高。喧嘩は強く、セックスも上手い、なんでも器用にこなせるだけじゃねぇ、男女若老関係なく、人さえ惹きつけ、人脈もある。…こんなに魅力的で、『もの』にしたいと思う男なんざ、そうそういねぇだろ?―――だからな、俺が無言で歩いてりゃ、勝手に恋やら憧れやら敵意やら抱いてきやがる。ちょっとでも視線があったり、話しかけようもんなら、それこそ変な勘違いしやがって、友人恋人気どりときやがる。人が頼みもしない事を勝手にやって、それだけで恩を着せたと思う連中まで出る始末だ。―――どいつもこいつも俺からの恩恵が欲しいんだよ。囲って可愛がってほしい訳だ。だから奴らは俺に近づいて『構って構って』と尻尾振って甘えた声で縋ってきやがる」
「…はん、だからなんや。そんだけ恵まれてはりながら、人生に悲観でもしとるんか…?アホらし…あんたの嘆きは、嫌味にしか聞こえんわ」

「クック…予想通りの反応だな。安い同情が欲しくてこんな話をしている訳じゃねぇよ。ただな、俺の影響力は人一人の人生を狂わせるほど強大だ。自分の運命が変わるかもしれねぇと期待して近づく奴らは多くいる」

―――言っておくがこれは自惚れでもなんでもねぇぞ?事実だ…

そう前置きを挟み、『キング』は続けた。

「…別に利己主義者は嫌いじゃねぇ。神のように縋って馬鹿みたいに崇める連中よりも、俺というチャンスを踏み台にしてのし上がろうとする奴らの方がむしろ好感が持てる。俺の周りも、そんな連中しか置かねぇ…。―――それでも、たまには毛色の違う奴も欲しくなる…」

忍の耳元に唇を寄せて、『キング』は囁いた。

「―――『お前みたいな』貴重な奴とかな」
「…」

「お前は俺の周りにいる連中とは違う。…だからな、冗談でも今みたいなつまらない事は言ってくれるなよ」

―――利用するなどという、戯言は…

「俺はお前とビジネスのような安っぽい関係になるつもりはねぇんだ」

『キング』が掴んだ忍の襟元を緩め、忍は急ぐこともなくゆっくりと自分が元座っていた位置へと戻った。
むろん乱れた襟元を自然な仕草で直しながら―――だが、眼差しは『キング』から外れることはなかった。
次にどんな行動に出られるのか、それを探っていたのだ。

「俺に関わり合いたくなかったなら、お前は『あの時』俺を拾わなければよかった」
「…」

「俺を拾わず、平凡な人生をのらりくらりと、送っていれば良かったんだ」
「…」

「そうすれば良かったものを、何故お前はそうしなかった?―――言っておくが、理由はどうあれ、最初に俺に近づいたのはお前だ。…お前が良くて、何故俺がお前に近づいちゃいけねんだよ」

忍は顔を渋らせた。
今回ばかりは分が悪い。

―――確かに、拾わなければ、良かったのだ。

だが、忍にも譲れない意地というものがある。

「―――俺は何も知らないあなたを放っておけなかったら、自己満足で拾ったまでです。では、あなたが俺に近づいた理由はなんですか?」

しかし『キング』がそれに答える前に、タイミング悪くしてか携帯のバイブ音が見事その場の空気を壊してくれた。
いいところを邪魔してくれたと『キング』は顔をしかめて、上着に手を突っ込んだ。
それから慣れた手つきでそれを取り出し、耳に当てる。

「あぁ!?なんだよ」

かなりぞんざいな言い方で、不機嫌丸出しのまま、凄味の帯びた声で相手を怯ませる。
相手が何か長い話をしているようで、しばらく『キング』は無言だった。
しかし―――

「なにぃ…?」

すっと『キング』は切れ長の目を細める。
まるで木漏れ日でも見るように、金色の光が煌く。
声は更に低く、その場に天敵でもいるような、殺気立ったものだった。
しかし、どこか怯んでいるような戸惑いを一瞬だけ感じ取り、だがすぐさまそれを気のせいだと考えをはらう。

この『キング』が一瞬とはいえ、臆したなど馬鹿な想像である。

何がまずい話でもしているのか、『キング』はその場から立ちあがった。
忍に一度だけ目線を向けてから、廊下の方へずかずかと歩きだす。

むろんその間相手の話を注意深く聞きながら―――

忍はその間、自己嫌悪に陥っていた。

―――何故自分に近づくのか

自分で理由を尋ねて、『キング』に何と答えてほしかったのか―――それを考えて俯く。
二度と関わらないという選択以外、選ぶ予定はないのだ。
別に尋ねて答えが得られた所で、何も変わることはないというのに、答えを望むなど自分らしくもない。

誰かが近づく気配に目線を上げると、電話を終えた『キング』が立っていた。

「―――次は茶くらい出しておけ」
「…帰るんですか…?」

拍子が抜けて、思わず目を剥く。
思わず立ち上がってしまった。
居座ると思ったら―――いや、それを望んでなどいないが、自らこんなあっさりと引き下がってくれるとは思っていなかっただけに、驚愕は大きかった。
忍の反応に気をよくしたのか、驚きに目を丸くしたままの忍に向かって微笑みを見せる。
それだけで骨抜きにされそうな、雄の力強さに満ちた、絵になるようなものだった。

「なんだ、俺に帰ってほしくないのか?」
「帰れ」

忍の即答に、『キング』はくつくつと意地悪く笑った。
まるで冗談だと無言でも言っているように、忍には聞こえる。
そのまま玄関に向かって歩き出す『キング』の後に忍は続いた。

本当に彼が帰るのか―――それを己の眼で確かめるためだ。

玄関で黒のブーツを履く『キング』は、別れ際に再び忍をからかった。

「まるで夫を見送る妻みたいだな」
「…なんであなたはそんな想像しか出来ないんですか。あなたがちゃんと害なく帰ってくれるか見張ってるんですよ」

寒さに身をすくませて、両手を交差させて袖口に腕を突っ込んでいる忍は、眉を寄せた。
ほとんど呆れに近い。
そうやって下を向いて溜息をつけば、何やら影が過った。不信感を抱いて顔を上げると、琥珀色の綺麗な宝石がすぐそばにあり、無防備にもそれはとても美しいものだと思った瞬間、忍はそれが『キング』の眼だと気がついた。
しかし気付いた時には既に遅く、顎を掴まれ、反応に遅れた忍の唇に暖かく、柔らかなものが押し付けられる。
ただ触れるだけの、まるで体温を分かち合うためだけの行為だった。
忍が両手で突っぱねるよりも早く、『キング』は素早く離れて、にやりと口端を釣り上げて笑った。

「また来てやるよ」

ごしごしと、それこそ嫌味の全てを込めて、腕裾で唇の皮が剥けそうになるまで拭った。

「もう来んな。迷惑です」
「そしたら答えてやる」

―――お前の問いかけに…

最後まで忍を弄ぶような言い方をして去っていった『キング』に、忍は苦い苦い―――相当苦い顔をした。

「…だからあんたが嫌いなんだ」



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