忍少年と碧血丹心 094

行雲流水―――

空を逝く雲の如く、川を流れる水の如く―――

忍の技はとにかく相手の勢いに合わせて攻撃を仕掛ける。

勢いよく拳を出せば、忍がそれを引っ張って勢いを加算させ、引けばその引いたタイミングに合わせて後ろへ押されるのだ。
そうなれば大きくなった力を操りきれない男はバランスを崩され、絶妙なタイミングでそれを攻撃としての力に利用される。


手首が捕まった瞬間―――それが敗北の合図だった。


だからこそ手首だけは掴まれてなるものか―――と構えた所で、所詮無駄な足掻きだ。
結局は手首を捕まえられて、投げ飛ばされるのがオチ。
既に3人の男達が忍によって倒されていた。

それに仰天したのは『horn』の皆様である。

信じられない事に、小柄な忍が何度も何度も体の大きな連中を放り投げているのだ。
まるでドアノブを捻っているようにしか見えないが、捻った瞬間に男が文字通り体を回転させながら地面に転がった。

―――そしてまた一人

一体この一瞬に何が起こったのかを理解出来ないまま、ただ茫然と仲間の一人が、忍の足元で倒れた。
足元で転がっている彼も、ただ放心状態のまま、口をぱっくりと開けて、宙を仰いでいる。
いや、『horn』の連中だけでなく、圧され気味だった『クロガネ』もまた目を剥いて、忍を凝視していた。
しかし、一方の忍はというと、ただ憮然と胸を踏ん反り返らせて、不満げに目を細めて、軽く息をつく。
少し乱れた衣類を直すように、交差する襟部分を両手で掴むと、下に引っ張て、整えて。

「久しゅうやっとらんかったかんなぁ。明日は筋肉痛やなぁ…。重い連中で、倒すんのも骨が折れるわ」
「こ、この…!!」

忍の背後から彼を捕まえようと襲い掛かる男―――しかし、忍が一瞬視線を後ろに流した刹那だった。
低く腰を落とした忍は、片足を軸に後ろへ反回転すると、肩を鷲掴んできた相手の手を、下から上へ振り払うように跳ねのけ、相手が退歩する前にと、こめかみに素早く一刀両断するように、手刀を横面打ちで打ち付ける。

「…てめっ!?」

それはさほど乱暴ではなく、5cmほどの身長差のある相手のこめかみへ、的確な一撃を冷静に突いた。
脳を揺さぶりをかけられたその男は、まったく力を出し切る前に、眩暈に体をふら付かせて、終いにはバランスを崩して尻もちをついてしまう。

―――その男に意識はある。

ただ、目を回した気持ち悪さから、苦渋に満ちた呻き声を洩らしながら、頭痛の止まない頭を片手で庇って、誰もいない前方を睨んでいた。

「どうした!!掛かってこい!」
「…。どこ向いてそれを言いはりますか……」

「!?」

恐らく忍を見ようとしていたのだろうが、視界さえぼやけているその男にはどこに忍がいるのか―――それが分らない状態だったのだ。
まぐれだと思い込んでいた―――しかし、そのまぐれが何回も続けば、それは偶然ではなく必然へとなり替わる。
『小よく大を制する』―――まさにその言葉通り、忍は赤子の腕を捻る様に己よりも力も体も大きい相手を倒してしまった。
まさか『王様』の愛人などにやられてしまう事態に、周りは空いた口が塞がらないと言った様子で、瞬きさえ忘れて忍を凝視している。
華奢で小さな体が見せる一瞬の馬力の正体が分からず、不気味に近いこの事態に、誰も忍に襲い掛かる事はしなかった。
ただ、ただただ忍を見ている。

困惑、驚愕、敵意―――反応はそれぞれだったが、どの顔にもしっかりと書いてある。


―――奴は何者だ。


ただの愛人などではない。
ただの『女』などではない。

『コウヤ』もまた、『クロガネ』との対決に手を止めて、その一部始終を見て感心し、『クロガネ』もその例外ではなく、目をまん丸くしている。

「い、今何やりやがったんだ…っ!!」
「別になんも…なんて言わんが、少し脳みそ揺らしただけよ。―――なぁに、立ちくらみとよう似た現象やから、直ぐに立てるようになりますやろ」

「なんなんだ…っ!!」
「こいつはただの女じゃねぇ…!!」

「あんなぁ…。人を化け物みたいに言わんといてぇな。そりゃぁ―――おたくら壁に向かって走って、壁にぶつかるんのは当たり前と思わんか…?」

そんな常識も知らないのかとばかりに、忍は半目の状態で溜息を零した。

自分に向かって堂々拳を振り上げれば、倒されるのは必然である…と。

いくら彼らでも、忍の言っている事は理解できる。
だからと言って、この状態と忍の言っている意味を結びつけるのは、到底出来ない事だった。
無防備とも言える忍の状態だが、油断して近づけば、容赦なく体を痛めた男達の二の舞となる事だろう。
それを認知した途端、どの男の顔にも忍を嘗めまわす様な色が消えた。
おや…?と最初こそ忍は首を傾げて見せたが、合点がつくと、忍が何か面白いものを見つけたように、口角を緩く吊り上げる。
くっと、喉の奥で低い笑みを殺して、忍はいたずら好きの子供のような笑みを浮かべた。

「―――けんど、どうかえ…?おたくらが言いはる『おなご』<女>にやられちまう気分は…?」

それは、忍の皮肉―――

お前らが『女』だと舐めてかかって、そんな男の足の下で舐めた地の味はどうだ…?


line
-94-

[back] [next]

[top] >[menu]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -