忍少年と碧血丹心 095
彼らの頭上に巨大な石が降って来たような衝撃が走ったのだろう、誰かが歯を食いしばる。
どの顔にも不意を突かれたような驚きを露にし、しかしそれも直ぐに機嫌を損ねた睨みが四方八方から忍を射抜いた。
「てんめぇ…」
「随分馬鹿にしてくれるじゃん」
ここで初めて、彼らは忍を『男』として認知したのである。
例えその笑みが、女にも似た妖艶さがあったとしても、既に彼らの中では警戒するにあたる雄へとなり得ていた。
そしてもう一人―――目を覚ましたような心地になった者がいる。
「『くろすけ』。早うその男にどついてやりぃい…。うちはうちで身は守れるさかい。あんさんもあんさんで、自分の身ぃは自分で守っときや」
「…」
「余計な事は考えんでよろしぃ。―――とにかく、ケリつけちまい」
それは『クロガネ』だった。
守ろう守ろうと構えていた『クロガネ』は、一気に体から力が抜ける。
放心したようにあんぐりと口を開くその様は、せっかくの顔を台無しにしてしまいそうだ。
彼もまた、忍の存在を認めていながら、どこか忍を『女』扱いしていた部分があった。
守らなければならないと思うほど、忍を儚い華だと思い込んでいたのだ。
「…はい…」
茫然としていた『クロガネ』は、一瞬こそ落ち込んだ素振りを見せたが、見る見るうちにその顔を勝ち誇った笑みへと変えた。
それは自分の意識から一切『忍』というものを忘れた顔だ。
そうすることで、守らなければという気持ちを遮断出来るため、余計な事を考える事もなく、本来の『不屈のクロガネ』へと変貌出来る。
傍にいるのは『女』などではない。
同じく牙を剥いて敵をなぎ倒す、強烈な『雄』である。
剛直な仲間がいると思えば、『クロガネ』の中から余裕が生まれ始めた。
元より一つの事しか考えられない彼に『守り役』自体、性に合わないのだ。
―――さぁ、喧嘩を始めようか
もはや『クロガネ』を妨害する『もの』は何もない。
『クロガネ』の目に瘴気の色が濃くなり、猛獣が獲物を決めたようにその灰色の瞳は三日月のように細まった。
「―――はい。『シノ』さん」
誰にも平伏さないと―――それが当然とばかりの忍<雄>をただ静かに目視していた『コウヤ』は、目を何度か瞬かせてから、どこか暗い笑みを深く口元に浮かべていた。
乾いた唇を舐める姿は獲物を狙う狩人のようでもあった。
「こりゃぁ、困ったぞ。結構本気で、何としてもうちの『頭』に見せたい」
彼は『女』か『男』か―――
それは性別としてでなく、『pandora』にとって忍がどういう存在なのか―――
そんな謎が『horn』達の闘志を駆り立てる事となった。
誰もが何も言わないが、彼らの思う事はただ一つである。
―――彼<忍>を生け捕りにする。
なんとしてでも…。
なんとしてでも、だ。
いつも暇を持て余している彼らにとって、こんな面白い事など滅多に無いのだから。
「絶対にお持ち帰りしてやるから」
そんな事を言って、『コウヤ』は忍に向かってウインクした。
様になっているそれを受け止めて、忍は心底嫌そうな顔をする。
―――男にされても…
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