忍少年と碧血丹心 093

「―――へぇ、ただの愛人じゃなさそうだ」

『クロガネ』が茫然としているのを好機だと、再び『コウヤ』が足技を繰り出せば、『クロガネ』は嫌でもそれに対抗しなければならない。
それがきっかけで、忍に見下ろされている男は我に返った。
仲間達の前で『女』などに倒された事実に、その顔が羞恥に顔が赤くなっていく。
恐る恐る仲間達に視線をやれば、どこか馬鹿にしたような笑みを誰もが浮かべていた。

「お〜い。何やってんだよ」
「だっせぇなぁ」

ぎゃははと笑い声が響く。
仲間に馬鹿にされた―――それを自覚し、最初のような余裕に満ちた笑みなどすっかり消え、男は屈辱を怒りに変えた。

「…の野郎…!!ざけんじゃねぇ…!!」

なんとしてでも一発決めて泣かせて許しを乞わせなければこの埋め合わせは出来ない。

「ぶっ殺す!!」

ひっくり返った体に勢いをつけてそのまま殴りかかろうと拳を振り上げる。
しかし忍は無言のまま、不可解とばかりに目を細めて、けれど口元に涼しげな笑みを浮かべた。
拳を振り下ろした瞬間―――足の軸を利用して、拳の外側へと逃げ、対峙していた相手と同じ方向へ、軽やかに転身する。
拳の勢いが落ちるタイミングに合わせ、逃がすまいと忍が先ほど捻じ曲げた手首を、再び外側へ捻じ曲げた。

「…っ!!」

二度も同じ手に掛かり、二度目以上の激痛が男の手首に襲った。
こうなれば男は外側に向かって体を倒すしかなく、こうしてまた、忍に地面の味を嘗めさせられる事態となった。

「っぅ…!!!」

突き小手返しと呼ばれるその技を諸に受けて、男は痛みにのた打ち回る。
あまりにもの苦渋に満ちた顔。
その額には真冬だというのに脂汗が浮かんでいた。

忍どころではない男の様子を見て、周りがようやく重い腰を上げる。
仲間を心底大事にする相手だ。
そろそろ『おいた』が過ぎるだろうと、また一人男が忍に近寄った。
それは先ほど倒した相手とは違って随分丈夫そうな大男である。

「―――おい、選手交代だ。そんなじゃじゃ馬、俺が捕まえてやる」
「うるせぇ!!こいつは俺が―――」

「その無様な醜態さらしておいてか?」
「…!!」

「手首冷やしとけ。腫れあがってんぞ」
「…くぅうう!!―――くそったれ!!」

未練がましく、まるで仇でも目にするような目つきで、一度忍を睨む。
それから、手首を二回も捻じ曲げられたその男は背を向けて仲間達の所へ戻っていった。
確かにその手首は少し痙攣を起していて、そのダメージの大きさが目で見て分かる。

「おい。遊びが過ぎたようだな」
「鼻の下伸ばして近づくからだ。馬鹿だなぁ」
「はははっ。無様だなぁ!!あっははは!!」

散々馬鹿にされ始めたその男は、悪戯に痛いところを突いてくる仲間達に、苛立ったように叫んだ。

「なんならてめぇらがやってみやがれ!!精々俺と同じような目に合わないよう気をつける事だな!!」

その様子を横眼で楽しんでいたのは、忍の目の前に立ちはだかる男だ。

「『シノ』さんっ!!逃げて下さい!!」

堪りかねて『クロガネ』がそう叫んだ。
まだ本調子になれない『クロガネ』は『コウヤ』の相手をするので精いっぱい。
先ほどの事をまぐれとまでは言わないが、喧嘩慣れをした相手と素人では話にならないと思った『クロガネ』の苦渋の決断だった。
とても守れるとは言えない現状に、一番言いたくなかった事を言ったのだ。
しかし忍はそれに眉を寄せて、心底呆れたように再び眼を細めた。

その顔には冗談じゃないとでも言っていそうなものだった。
後でどう遊んでやろうとそんな陰湿な事を考えながら―――その男は忍を追い込むように、じりじりと最初の位置へ追い込むように近づいて、責め始める。

それに合わせて、忍も背中が崖の壁につくまで退歩した。

「さぁ掛かっておいで、子猫ちゃん」
「…」

その男はとても体重がありそうで、手首を掴んで倒す事さえ難しいように思える。

「…」
「なんだ?さっきの勢いで俺を倒して見ればいい」

黙ったままで俯き加減になってしまった忍を見て、怯えていると思ったのだろう。
その顔色を伺う様に忍の顔を覗き込んだその男は絶句した。

怯えている?

とんでもない。

「―――そうかぇ?」

忍は笑っていた。
忍の浮かべた不敵な微笑みは不吉でいて、どこか楽しそうで。

「そんなら、遠慮なく」


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