忍少年と碧血丹心 090
『クロガネ』の背中に噛り付いている忍。
―――一見怯えて背後に隠れている可愛らしい図に見えるが、忍の地の底を這う低い恨み声を聞けば、それも目に霞んで見えるというものだ。
クロガネの服を掴む忍の手―――その皺の量と深さは忍の恨みの形。
忍から放たれる黒い何かが『クロガネ』の背筋を凍りつかせていた。
―――忍が睨んでいる
後ろを振り向いてしまえば、古のメデューサ同様石にされてしまうような危機を『クロガネ』は感じていた。
そうとも知らない『horn』の連中は、忍が強気な態度を見せたのが単なる見栄だったのだと思い始め、終いには優越感に顔を歪めて笑っていた。
その様に怯えてる姿を見せられれば、加虐心が疼いてしまうではないか―――と…
男達がそんな勘違いをしていると『クロガネ』は悟り、むしょうに怒りが沸き起こっていた。
まるで刀を首筋に当てられているような緊迫感を、お前らにも与えてやりたい。
お前らのせいで自分が忍に、無言の恨み事を紡がれ続けているのだ。
―――マジでぶっ殺す!!
そう誓ったクロガネの額に、青筋が浮かぶ。
じりじりと詰め寄ってくる連中。
ここで全員に襲い掛かられれば『クロガネ』はそれに太刀打ち出来るだろう。
むしろいつもならば、それに喜々として拳を振り上げるが、今は現状が違う。
―――忍がいるのだ。
もしも忍に向かって奴らが襲い掛かれば…という不安が『クロガネ』の心中に一瞬よぎった。
『horn』の猛者達は、常に前線で独力にて力を振舞う『クロガネ』がどのように王様の愛人を守るのかと、ボクシングでも鑑賞するような余興に浸っていた。
「おいで〜子猫ちゃん。怖くないぞー」
「王様の所同様、宝石みたいに丁寧に丁寧に取り扱うからさ〜」
『horn』の男達の目に怪しい眼光が宿った。
『Pandra』の王者を一泡吹かせたいという悪戯心に、男達はじりじりと獲物を狙う様に忍に近づいていく。
―――『horn』は喧嘩上等の好戦的なチームで、一族のように代々続く彼らはどの代でも最強を謳う。
己こそ最強だと、それを信じて誇っている。
それがこの地域では伝統のようなものだったのだ。
しかしそれを突然と現れ、縄張りを荒してきた外部者『Pandra』によって、平穏は破壊された。
今まで持っていたものを奪われた『horn』は、どうにか『Pandra』の男共を悔しがらせてみたいという、共通の野望があった。
それ故、忍を捕まえたいのだ。
『Pandra』に損失を与えて、悔しがらせてみたいのだ。
彼らとしては、忍を『horn』の頭の元まで持ち帰り、それで寝取ってほしいというのが本音である。
幹部クラスの『クロガネ』が身を呈してまで守ろうとしているお姫様だ。
それなりに『王様』に気に入られている事だろう。
その後、忍をまるで雑巾のように捨ててしまえば―――それは憎悪からではなく、心底面白いゲーム感覚で彼らはそう思っていた。
要は、『Pandra』に対して抱いた鬱憤を少しでも晴らしたいのである。
仲間こそ大事にする『horn』の連中だが、彼らもまた性悪な性質をしているのだ。
そんな事は微塵の欠片も知らない忍。
そして忍の価値を見誤った『horn』の強者達。
クロガネ』は忍を壁際に寄せる様に下がっていき、終いには忍の背中にぴったりと山の急斜面の塊がくっついた。
これ以上下がれないと分かると、『クロガネ』は目の前で手を広げて、まるで「襲ってこい」とばかりに無防備を装う『コウヤ』を睨みながら、忍に向かって囁いた。
「―――『シノ』さん、すみません」
「…もうええ」
「俺から絶対に離れないでください」
「…」
「俺が必ず『シノ』さんをお守りしますので」
「―――『くろすけぇ』。うちは『おなご』<女>と違う…。自分の身ぃは自分で守れるさかい」
「…。はい」
『クロガネ』は頷きはしたが、どうも不安そうだった事が忍には正直気に入らない。
そして自分を壁際に追い込んで、宝石でも扱う様に大事に大事にされるのは、忍からしてみれば正直心境は複雑である。
(くろすけは、ウチが男やって、まるでわかっとらん…)
「もう今更やな。なら、はよう終わらせて、うっとこいのうか(帰ろうか)」
「―――はい」
今度ははっきりと、『クロガネ』はそれに肯いた。
「それじゃぁ、ゲーム開始と行きましょうか?『クロガネ』」
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