忍少年と碧血丹心 089

「それよりも、おたくらご近所にご迷惑や。そんな路上を占領しよって…。用もないんならうっとこその邪魔なバイクを退かしい。車来たら通れんやろ」
「え…?」

「せやから、バイク」

心底迷惑そうに顔を顰めて、忍は顎で多々あるバイクを指した。
先ほどは恥ずかしさ、又は恐怖心から『クロガネ』の後ろへ隠れていたと思っていた人物の、想定外の行動に周りは眼を瞬かせて、終始無言となった。
印象は儚げなかぐや姫のように美しい少年―――しかし一度その口を開けば、生意気とも取れる泰然とした口調が男達の夢を砕く。
彼らの中で勝手に想像して作り上げていた理想像の崩れ落ちる音が、あちらこちらで聞こえた。

ちっともお淑やかじゃないし、第一可愛くない。

美しい顔立ち故に、きつい印象さえ抱く忍の態度に、『クロガネ』に突っかかってきたその男―――つまり『コウヤ』は、漆黒の目を何度も瞬かせて、驚きを明確に顔で表現していた。
調子が狂ったように、自分のこげ茶色の髪をわしゃわしゃと掻き乱し、整った顔を顰めさせる。
その顔には苦手だと言わんばかりの苦渋ぶりだった。
事実、その男『コウヤ』はどうも気の強い『女』は苦手だったのである。

「ず、ずいぶん気の強そうな子だなぁ。『王様』も物好きで…」

きりっと眼力の強い忍の視線に睨まれて、『コウヤ』は即座に黙った。
これは口を噤んだ方が良いと、忍の視線に含まれる不穏な空気に悟ったようだ。

「…うちら、もういぬ<帰る>とこや。用もないんなら、これで失礼したいさかい」
「犬…?」

「…くろすけぇ、行くでぇ」

これ以上何か事件に巻き込まれるものかと―――もはや彼らを相手に出来るほどの気力はない。
緊張はしないが、気を使うのである、この手の相手は。
『クロガネ』の前に立ちはだかっていた忍は、そのまま相手から視線を逸らした時だ。

「そこの美人さん。どうせなら『horn』においでよ!男の色気ではそっちに負けるつもりはないよ?魅力的な男共がわんさか集まってるから。君みたいな奇麗な子はきっとちやほやされるぞー。危険な香りがする男が好きならさ、うちの『頭』なんか最高なんじゃないかな。一人大好きで、色々女作ってくる、王様気取りなんかよりもずっと、ね」
「『シノ』さんに馴れ馴れしく触るんじゃねぇっ!!」

忍の二の腕を掴もうとした相手に、『クロガネ』はその好意を跳ね除けた。

「いたっ」

大して痛くもなかったはずだ。
しかし『コウヤ』は火傷でも負ったように大袈裟に手を片手で庇い、顔をわざとらしく歪ませて見せる。
周りがそれを面白そうに傍観する中―――『コウヤ』は口を尖らせて言った。

「もう、こうやって友好的だからって図に乗んな。今お前らがどんな状態か、それをよく見て判断しろよ、馬鹿犬」
「うるせぇ。てめぇらが現れなけりゃ全て丸く収まってるんだ。とっとと失せろ。でなけりゃここでその能天気な頭を捻り潰してやる…!!」

その言葉を待っていましたとばかりに、『コウヤ』は口笛を一吹きした。
周りの仲間達と目を合わせて、何かを企んだ笑みでそれぞれ答えていく中、忍は何か嫌な予感に眉間の皺を深くさせる。
どうも相手のペースに『クロガネ』が乗せられているような気がしてならなかったのだ。

「今聞いたか…?先に喧嘩売ったの、あいつだよなぁ?―――なんなら、僕ちゃんがここでその喧嘩買っても良い訳だろう?」

誰かが口笛を吹き、『コウヤ』を肯定するような歓声を上げた。
瞬時に『クロガネ』の体が強張ったのは、恐怖からではない。

忍を守らなければと、そう警戒を深くしたのだ。

「なんだか、お姫様守ってる騎士様を、僕ちゃん達盗賊が襲い掛かってる―――もしかしてそんな状況?」

『コウヤ』の茶化した戯言に、誰かが笑う。

「そんじゃ、お前を倒せば、そこにいる姫さん、『horn』が貰ってもいいんだよなぁ?」

ぎりっと、『クロガネ』が忍の前に立ちはだかる。
少し複雑そうな顔をする『クロガネ』が売り言葉に買い言葉だと、いつものように挑発してしまった事を本人なりに後悔しているようだったが、こうなっては『クロガネ』も乗り気でいた。それを知って悟って、忍は思わず額に片手を覆って悲観に暮れる。
もしくはこの場で倒れてしまいたくなる。

―――ああ、帰りたい…

この被害妄想を膨らます前に、忍にはやらなければならない事がある。

「―――くろすけぇ…」
「…。……すみません」


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