忍少年と碧血丹心 086

(噂…)

何故だろうか。
ひどく不快な気分にさせる言葉だ。
自分はそんな噂になるような事を仕出かしたことはないし、覚えもない。

背丈のある『クロガネ』の真横からひょっこりと顔を出し、訝しげに眉を寄せた。
そのしぐさにどこか可愛らしさを感じたのか、男達はその様を興味深そうに見つめている。
忍は無言のまま、その先を促すように、中心のように立っているその男を凝視した。
少し癖のついたチョコ色の髪と漆黒の瞳。
黒いライダースーツを着ていたその男の第一印象はチャラ男で決定だ。

―――やはり顔が整って見えるものの、最近目の保養となった美丈夫が多すぎて、既にその容姿の良さはさほど忍の中に残る事はなかった。

完全に大人と認知出来る熟成した男の体ではあったが、どこか子供っぽさが残っているようにも見える。
その男は忍をあやす様に首を傾けた。

「『クロガネ』に『女』が出来たって噂さ。…君がそうなんでしょう?」

最初に反応を示したのは忍―――ではなく、忍を守るように壁になっている『クロガネ』だった。
熱湯を浴びたような仰天様で、『クロガネ』はそれに反論したのである。

「馬鹿言ってるんじゃねぇ!!『シノ』さんはそんなんじゃない!!」
「―――またまたぁ。駅でずっと待ってたらしいじゃん。ため息ばっかついて、時計塔をいちいち見てたって。いや〜、青春だねぇ。まさか相手が男だとは思わなかったけど、それだけの美人さんならまぁお似合いなんじゃないかぁ??」
「ひゅーひゅー。そんなにしっかり守っちゃって。結構マジだったりする訳?お前も誰かに惚れるって事あったんだなぁ」

「ふざけんな!!何を勘違いしているか知らねぇが、この方は俺なんかが釣り合うような相手じゃねぇんだよ!!」
「『くろすけ』」

今にも何か不吉な―――それも、とてつもなく嫌な予感を与えてくる雰因気に、忍が慌てたように『クロガネ』の口を止めようとしたが、それは既に後の祭りだった。

「―――『シノ』さんは『キング』のものだっ!!分ったかこの―――い“っ!?」

短い『クロガネ』の呻き声。
思いっきり、『クロガネ』の脛を忍が蹴りあげたのだ。
泣き所を心得ている忍のその一撃に、『クロガネ』の眼尻に生理的な涙が一玉浮かんでいた。
忍の方へ振り返った『クロガネ』の表情はなんとも不思議そうながら、その仕打ちに困っているようである。
忍はそのままその襟元を掴んで引きよせて、凄味を含んだ声音で、艶やかに囁いた。

「―――『くろすけぇ』、あかん。それは言うたらアカン」

責める様に睨みつければ、『クロガネ』の体がとたんに硬直する。

これ以上、余計な事と間違った事は言わないでほしい。
それは懇願では無い。
脅しに近い、有無を言わせないような声音の低さに、『クロガネ』は困惑したように「ですけど…」とつぶやいた。
それでも、了承しなければ忍が放してくれないと思った『クロガネ』はしぶしぶながら頷いたのだが。

しかし、事態はすでにあとの祭りだった。
気がつけば、人気のある、騒ぎ声が水をうったように静かになった。

不気味なほどの静寂―――それは本来の夜の静けさなのだろうが、今はこの沈黙がどれほど不気味に思えた事だろう。
どの顔を見ても、一瞬何を言われたのか理解していなかったような、少し拍子の抜けた顔をしていた。
先ほどの一人が、既に『クロガネ』の背から出てきた忍を、無礼にも指さす。

「―――『もん』って。そんじゃ、あんた、『クロガネ』のじゃなくて、『王様』の『女』なの…?」



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