忍少年と碧血丹心 084

「君は『本名はタブー』だと言ったけれど。…それを何故俺に教えてくれるの…?」

わざわざ秘密を明かす真似をされるほど、親密になった訳でもないというのに。
意地悪な言い方をすれば、それを自分が第三者に漏らさない可能性はないと問いかけた。

「『シノ』さんの家に着いて、それっきり別れて終わりは嫌だからです」
「…」

「『シノ』さんに俺の事知ってもらいたいし、俺も『シノ』さんの事を知りたいんです。…だから俺は俺の事べらべら話します。俺に興味持ってもらえるように、色んな事話します。好きな食べ物でも、家族構成でも、学校の私生活でも。―――きっと今『シノ』さんに『シノ』さんの事問いかけても、答えてくれるような気がしないし…」

図星だと、忍は無言で苦笑を零した。
きっと彼も忍に尋ねたいことは山ほどあるのだろう。

たとえば、あの『鈴蘭』で何があったのか。
薩摩組の連中についていった理由、そして今着物である事は間違いないが、その色が変わった理由など。

しかし、それを忍が濁す事を、彼は理解しているようだ。
やっぱりと、笑みを返す『クロガネ』こと宗助は、分かっていても少し寂しそうに微笑んでいる。
忍は首を傾けて、『クロガネ』を見上げた。

「…尋ねても、いいかな?」
「はい」

「君は『クロガネ』と呼ばれている。―――けれどそれは本名じゃないんだよね?」
「はい」

「何故、君は自分を『クロガネ』と名乗っているの?…それは自分で決められるものなの?」
「『クロガネ』の名は、『キング』からいただいた大切なものなんですよ―――俺は結構喧嘩するんですが、必ずその後は『鉄臭くなる』んです。俺も、その場所も。なので『クロガネ』と」

それだけで、忍は理解した。
しかしその意味の皮肉に、忍は黙り込む。

『クロガネ』―――つまりその意味は『鉄』。
血なまぐさい、鉄と同じ。

それを大切だと言うのも、理解できるものではなかった。

「『キング』は俺にとって尊敬出来る人なんです。俺もあんな風になりたいっていつも思ってます」
「…そうなんだ」

少し不愉快そうな顔をする忍が、そう名付けた『キング』を責めているとでも思ったのか、慌てるようにして彼は付け加えた。

「けど、俺は好きで『クロガネ』を名乗っていますから。なんか、カッコいいし…」

どうやらあまり良い意味ではない事ぐらい『クロガネ』は分かっているようで、それでも彼はその名を気に入っているようだ。
その顔には確かに満足げな色が濃く出ている。

「あの、『シノ』さん、やっぱ『キング』の事…怒っているんですか?」
「怒ってるよ。俺はとても怒っているんだと思う。二度と関り合いたくないとさえ思うほどにね」

「…。そうですか。それはなんだか、少し寂しい気がしますね。あなたに、『キング』を否定されている気分になりますから」

あいにく忍は敵ではないので、その発言を撤回させるための暴力は振るわない。
ただ、好意を持つ相手にその様な否定に等しい言葉を聞くのは怯んでしまう―――犬であったなら、耳が垂れていそうなほど落ち込んでいる相手に、忍は首を左右に振ってそれを更に否定した。

「『キング』を否定しているつもりはないよ。なんだかんだ言って、あの人は本当に凄い人なんだろうからね。―――でなければあんなに慕って人が一か所に集まる訳がないから。それにあれはまるで一種の宗教みたいな熱狂ぶりだった。相当凄い事だと思うよ。けど俺の場合―――…俺と『王様』はウマが合わないだけ。それに…」

ふいに、忍は言葉を区切った。
思想に深け、何かを思い出すように眼を細めて視線を下げる。
沈黙が流れ、そして忍は独り言のように呟いた。

「俺にも俺だけの『神様』がいるから」

否定される苦痛も怒りも、理解しているつもりだ。
だから否定は、しない。
忍の脳裏には、『彼』の後ろ姿が幻想のように浮かんで、やがては消えた。

それは桜のように儚い―――そんな追想。









「…ん?」
「―――…」

静寂を突き破るように、複数のバイクのエンジン音が背後から接近しているのを耳にした。それも団体という名にふさわしい大人数である事は大体想定できる。
繁華街から離れたというのに、なんて荒々しい音なんだろうか。
せっかくの心地よい時間さえ打ち砕かれた不快感があった。

人影も車の通りも無いに等しい、視界の広い道路である。
もしもこちらに向かっているとするならば、嫌でも一度は互いに存在を知る事となるだろう。

気にしなければいいと、確かにそれもそうなのだが…。

蛇行する道の先を見つめていた時、ふと真横にいた『クロガネ』が壁になるように忍を背中に隠した。
その際、クロガネの剣幕な顔を見て、何か嫌な予感に忍は片方の眉を寄せる。

「このまま無関心を装うべきじゃ…?」
「―――それで見逃してくれる予感しませんよ、これは…」

まるで知った人を―――それも天敵を語るような口ぶりだった。

「俺の気のせいだというのが一番ですけど。もしも―――もしもそうだったら、絶対に俺から離れないで下さいね」
「…何故?」

しかしその問いかけの解を聞く前に、『クロガネ』の灰色の目がきつく、険しくなった。
その眼はまさに敵を前にした野生の獣だった。
忍を極力隠そうとしてか―――後ろに回された手が宙を探りながら忍を見つけると、背中に押し付けるように引き寄せられる。

集団は対向車線などを無視した走り方で、こちらに向かってくる。
轟くエンジン音。
そして歓声とも聞き取れる男達の声が、まるでこちらの存在を知ったように大きくなった。
そのまま通り過ぎてくれるかと思えば、少し過ぎた所で急スピンをかけ、Uターンでこちらに戻ってくる。

「うおーやっぱ『クロガネ』じゃん」
「だろ?俺が言ったじゃねぇか。クロガネが誰かを駅で待ってたってさぁー」
「なになにぃ〜背中に誰居るの?恋人?」

エンジンを噴かせ、そして興奮したような男達の声が挑発してきた。


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