忍少年と碧血丹心 083

◇ ◇ ◇

駅まで歩く途中、お互いほとんど話をしなかった。
それは『クロガネ』が辺りを警戒するのに気を取られていたからだ。

―――それはさながら、忍という護衛対象を守る護衛人のようだった。

『おい、あいつって…』
『なんでこんな処にいるんだろう』
『見ろよ、おっかねぇ目だぜ』
『なぁ、後ろにいる子って…』

若者達のささやき声も、街中の雑音にかき消されていく。
『クロガネ』の存在は良い意味でも悪い意味でもその長身と髪の色、そして容姿の良さが災いとなり、嫌でも注目される。
しかも何とも珍しい『連れ』がいて、それを宝物のように扱うその姿は随分周りの目からは奇抜に見えたようだ。
『クロガネ』は今度こそ忍を守ろうとしてか―――人とぶつかりそうになれば何気なく引きよせ、ガラの悪そうな連中の目に写れば、彼は壁となって忍を忠実に守った。
その間、彼を纏うオーラはそれこそ近寄りがたい威圧感を醸し出し、近寄る事さえ許さない拒絶を示した。

―――こちらを見る事さえ許さない

忍を凝視する男がいた時など、わざわざ殴りかかろうとしていた事は、心中に留めておこう。



ようやく駅へたどり着き、西口から東口へ出た。
駅は町と田舎とを分ける、ベルリンの壁みたいなものだ。
西側は若者達が好む遊戯の繁華街。
しかし東は10年前の穏やかな田舎町が残っていて、時代に置いていかれたような――――そんな場所である。

―――まぁ、多少道路整備や時代の流れによってそんな田舎町も姿を少しずつ変え始めてはいたが

駅に辿り着く前の騒がしさがすっぽり抜け落ちて、今や夜の名にふさわしい静寂が漂っている。
『クロガネ』もようやく少しだけ気を緩め、忍に穏やかな表情を見せてくれた。
今もなお、忍を守ろうとする気持ちが強い『クロガネ』は時折、ばれない程度のタイミングで忍を隣で見ている。

「『シノ』さん。疲れましたか…?」

ふと、隣から見下ろすように尋ねる声を聞き、忍は視線を横にずらした。
見上げるほどの高さ―――それは恐らく『キング』よりも身長があるはずだ。
黒のコートを着込んでいる彼は、我が事のように顔を曇らせて、忍の顔色を伺ってくる。
忍は一掃するように微笑んだ。
それは年齢にそぐわないほど大人びて、涼しげな笑みだった。

「大丈夫ですよ」

日本料亭『鈴蘭』を出て、既に30分以上はゆうに歩いている。
駅も通り過ぎ、繁華街のような華やかさを抜け、田舎らしい、どこか寂寞とした空気が流れていた。
いろは坂に似た道路が永遠と続くそこは、山を削って造られた、車道が中心とした道だった。
むろん人が通れるような路側帯はあったが、それは不親切な事に随分狭いものである。
繁華街を見上げるように、穏やかなコンクリートの坂道を下がりながら、比較的穏やかな時間を忍と『クロガネ』は過ごしていた。

家に辿り着く旅路はそれこそまだ遥か先である。

最初こそ、『クロガネ』が自らのバイク(これもまた見惚れてしまうほど格好良い黒のスーパースポーツバイクである)に乗せていくと言ってくれたのだが。

「中二ぃ!?うちより一個下…!!―――あかしまへん(ダメです)。絶対あかしまへん。未成年が乗ちゃあかしまへん」

憮然とこれを忍が突っぱねたため、徒歩となったのだった。
最初こそ徒歩につき合わせる事に申し訳ないと、忍はついていくと言い張る『クロガネ』に遠慮したのだが…まぁ、先ほどの彼を知ればそれが単なる無駄な時間となった事は察しいただけるだろう。

「一つ気になっていた事があるんですが、いや…実に下らない事だと自覚はあるんですが…」
「俺が答えられる事なら喜んで答えます」

どこか嬉しそうに、張り切った『クロガネ』の男らしい声が跳ね跳んだ。
声変わりをしただけの子供を見ている気分である。

「―――その…あなたは『シノさん』と俺を呼びます…。それは個人の自由なので俺はどうこう言うつもりはなかったのですが。…そんな風に呼ばれるのが初めてだったので、少し新鮮に思って…」

何故そんな風に呼ぶ必要があるのか。
親しいもの同士ならば、ニックネームのように呼ぶのは分かるが、直ぐに愛称をつけたその心が忍には理解出来ていなかった。
クラスの連中でさえ、1年間共に勉学に励んできたが、いつだって『白取』の苗字で呼ばれていたので、出会って間もない者に親しげにそう呼ばれることを、とても不思議に思っていたのだ。

何故そこまで気になるのか。
それを考えても、忍には答えが出せなかった。

けれどそれを口にして、込み上げてきたのは何とも言えない羞恥心だった。
―――だからなんだという話だ。
しかしそんな素朴な疑問も、『クロガネ』は親しい者にでも話しかけるかのように、穏やかに笑いかける。

「『シノ』さんは、名前を呼んでほしくないと、そうおっしゃいました」
「…?すみません。―――俺、そんな事言いましたっけ?」
「はい。『キング』が『シノ』さんの名前を呼ぼうとした時に」

それでようやく忍は自分が言った事をはっきりと思い出す事が出来た。
ああ。確かに言った。

―――しゃべるな

煮えくりかえるほどの仕打ちを『キング』から受けて、そう拒絶した。
『クロガネ』は、それを忠実に守っているのだろう。

名前を呼んでくれるな―――しかし、その人を呼ぶにはどうしたら良いのか。

だから自分で愛称を作って、忍を『シノさん』と慕って呼んでくれるのだ。
それを知って、何故だか妙なくすぐったさを感じ、いつの間にか唇から笑みが零れていた。

「俺、『百々島中』に通ってるんです。今は中2なんで、さっき言ってたみたいに、『シノ』さんより一個下なんですよね、俺。―――『Pandra』では『クロガネ』って呼ばれてますが、本名はは『平沢 宗助』<ひらさわ そうすけ>って言います。あ、でもやたらめったら本名は名乗らないんです。あくまでチームと私生活は別のものだと区切りをつけているので。それに時々たちの悪い連中がいて、人の日常生活にまで足を踏み入れる輩もいるんです。なので、本名はタブーみたいなものなので、チーム内でも互いの本名を明かさないようにしてるんです」
「…」

「『Pandra』に入ったのが、ちょうど中一の夏ぐらいだった気が。…俺、今以上に荒れてたんですが、その時に見た『キング』に憧れちゃって、それでほとんど押しかけみたいな事をしてそのチームにいます。趣味は喧嘩―――って言ったら、『シノ』さん怒りますか?」
「…。怒りはしませんが、感心できる事ではありませんよね」

「『シノ』さん、俺はあなたより年下だし、格下なんです。敬語はちょっと…。普通で構いません」

俺は後輩なので、敬語ですが、あなたは先輩です。

そう言って譲らない相手に、忍は苦笑を洩らす。
何故だか話しているとペースを乱される相手だと、けれど話す心地よさは感じる。

「君は『本名はタブー』だと言ったけれど。…それを何故俺に教えてくれるの…?」

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