忍少年と碧血丹心 078

「一体何をするんですか!!」

忍がそう声を荒げるのも、せっかく『鬼』のいる部屋から出られたというのに、また別の個室へ放り投げるように連れてこられたからである。
逃げようにも、出口である障子の戸には翔が怒りに顔を歪めて、忍を睥睨しながら仁王立ちをしているのだ。
自分の格好が情けない状況である事を自覚しているため、忍としては早く整えたくてしょうがない。

―――いや、むしろ着替えたい。

何が悲しくて自分の精液を引っ掛けた着物を着ていなければならないのだ。
袴はほとんど引きずるような形だったし、胸元を閉め方も緩いため、自分で押さえなければ容易に開いてしまう。
体を受け止めた座布団を投げつけてやれば、それは容易に避けられて、後ろの障子にぶつかって、畳の上で落ちてしまった。
次に、自分に手渡された黒のジャケットを、怒り憎しみ逆襲心、羞恥心など多々ある感情を全て丸め込み、渾身の力を持って投げつけてやる―――と言っても、体力を消費しきった体と、もとよりさほど腕力の無い忍の微々たる力である。
そんなものなど翔が容易に片手で受け止めてしまい、忍としてはこのどうしようもない複雑な感情を簡単に跳ね除けられたような…兎に角、翔という存在が気に食わないのだ。

先ほどの仕打ち、忘れたわけではあるまい。

一度睨まれればそれを真っ向から太刀打ちしてしまう忍は、自分の情けない姿を翔に見られたショックから後ろめたい気持ちがとても強く、それ故に自分は決して容易に組みしかれるような男ではないと、強気の目線を逸らすわけにはいかないのだ。

しかし、翔は何も言わなかった。

ただ忍を睨みながら、なんのきっかけもの無く突然と忍に向かって歩みを進み始めた。
決して怖いとかそんな事は無いが、思わず敵意を見せて牙を剥いてしまう。

「近寄んな」
「それが恩人に対する言葉かよ」

「―――っ!!確かに、あなたには助けて下さって、本当に助かったと思ってます」
「なら『ありがとうございました』の一言でも言って俺を労えよ」

「あなたって人は…本当に…!!」

先ほどの状況を知っていれば、忍が―――例えそれがよく見知って心許せる相手でも、容易に人を近づきたくない理由が分かると思っていたのだが。
しかし目の前の俺様にはそんなナイーブな忍の心境さえ察してはくれないらしい。
逃げる理由は無い―――だなんて、そんな意地を張ってしまう忍の手を掴み、唐突に忍の顎を翔の指が引っ掛ける。
嫌な予感がして後ろに下がろうと思っても、既にあとの祭りだった。

「…っ」

貪るような接吻をされ、忍は小さく呻き声を漏らした。
赤子を掬い取るように頭を片手で掴まれて、よりいっそ深いものを与えられた。
舌を絡めあう、酷く愛し合うような口付けは呼吸の仕方を分からなくさせる。

「…っん…っ!!」
「―――逃げんな…」

翔の零した吐息の低さ。
掠れ、そして余裕も無いようにさえ思える熱さ―――髪の根元を支える角ばった手が、抱きしめるように強くなった。
忍の口からくぐもる様な小さな嬌声が零れ、飲み込みきれなかったものが顎を伝い、それが酷く官能的に見せている。
無意識のうちで、鼻で呼吸し、少しでも楽になろうと痺れた舌を相手に合わせる。
なんせ抵抗すれば軽く噛み付いて、お仕置きとばかりに喉の奥を犯してくる相手だ。
川の流れを逆流するより、沿ってしまった方が明らかに負担は少ないというものである。

しかし弱弱しく忍が翔の胸元を叩けば、それでようやく相手は忍を解放した。

「はぁ…はぁ…っ!!」
「あいつに教え込まれたのか…?」

「何馬鹿な事を…!!」
「他に何された。体中に痕つけたのはあいつだろう?」

言いながら、段々と翔の声がかすれ始めた。
既に怒気の色合いも無い。
完全な無に等しい、そんな無表情ではあるが、翔が相当腸を煮え繰り返している事を本能のようなもので忍は知った。

「あなたが何を怒っているのか、俺にはまったく理解出来ません…」
「…」

無言のまま、かすかに翔が眼を細めた。
それが本当に分からないかと責めているのか、それともまた別の何かに怒っているのか―――
翔と自分の間に壁を作るように両腕で押しのけようとした瞬間だ。
突然、柔道技で足を払われて、今だ腰の感覚を取り戻せない忍は容易に畳みに尻餅をつく羽目となった。
反射的に出た手がクッション代わりとなってはくれたが、痛いものは痛い。

なんという不意打ち。
唐突過ぎて、怒りさえ湧き起こらない。

「〜っぅぅうう…!!」

舌を噛んでしまって涙目になっていると、押し倒すように翔が忍の胸を手で度突き、背中が畳に引っ付く。
慌てて体を起こそうとするが、胸を押し付ける翔にそれを妨害され、そのまま彼によって馬乗り状態にされてしまった。
何故そんな事をされるのかを理解出来ないまま、ただ翔が何をやろうとしているかは、忍とて分かる。
体をひっくり返そうとするよりも早く、翔は忍の首筋に牙を立てた。
薩摩によって与えられた傷を悪化させるように、力強く翔が噛み付いてきたのだ。
走り抜ける強烈な痛みに眼を剥き、空いている両手で翔を否定するように押しのけようとするが、その度に罰を与えるように噛み付く力が強くなる。

「…っ!!あんたっ!!」

頬を擽る翔の髪の香り。
ぴちゃりと首筋を舐める瑞々しい音が嫌でも耳に入る。
当初とは違う強烈な力は忍に薩摩のそれを思い出させる。
一瞬こそ眼を剥いその衝撃に絶句していた忍は、既に相手を罵る余裕も無い。
両手が白くなるまで肩に爪を立てて、顔を横に背ける。

翔は無言だった。
無言ながらも激昂を抱えていた。
薩摩に弄ばれて体力のほとんどは持っていかれている現状で、この俺様を相手にするには分が悪すぎる。

「『王様』…っ!!」
「…」

彼の代名を呼んだ。―――『翔さん』と言えば良かったが、何故かそれができなかった。
しかし翔がそれに反応する事は無く、それから彼の行動は段々エスカレートしていく。
首筋を齧りながら舌で愛撫し、薩摩に付けられた跡を追いながら鎖骨に齧り付く。
着物の左右両方の襟を掴んだのを見て、忍が慌てて翔の両手首を掴んでそれを阻止しようした。

その甲斐あってか、翔の動きがぴたりと止まる。
忍の紅蓮と、翔の金色が交じり合う。

一歩も退かない両者の間には絶対零度の冷戦が繰り広げられていた。

「あんたこれ以上なんかやるんやったら、うちかて容赦せんへんでぇ…っ!!」
「―――…言ってろ。俺は我慢をしない」

今だずっしりと重い下半身を自覚していたから、それを翔に悟まれまいとばかりに両手で防御に踏み込んだが、場慣れしている翔の障害とはならなかったようで。
一枚一枚を剥かれて、生まれた同然の格好を強いられる事は耐え難い苦痛を忍に与えた。

そして露になった上半身―――そこには白い肌だけでなく、虫刺されとは言い切れない、大量の痕があった。
執着しているとしか言いようの無いそれらの中には、強く押し付けられすぎて青あざになっているものもある。
しばらく翔はそれを見ていたかと思うと、すっと眼を細めて、再び獲物を食らうように貪り始める。

「ん…っ!?」

込み上げる一瞬の甘い痛みに思わず妨害しようした手を口を塞ぐことに使ってしまった。
たかが胸に与えられる愛撫だけならば眼を瞑れたが(いや、決して妥協したわけではない)下肢に伸びてきた手が薩摩と同じように握ってきたのである。

忍が息を呑み、悲鳴を殺し、体を硬直させるには十分な理由だった。
激流に流されるような翔の愛撫は、薩摩とはまた違った意味で忍を恐怖へと陥れる。

これでは助けられようと助けられまいと、大して現状は変わってないではないか。

自分が伸ばした手は『鬼』から逃れるためではあったが、再びこの様に組み敷かれるためではない。

「たいがいにしぃっ!!あんたっいい加減にせんとどつく<殴る>でぇ!!」


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