忍少年と碧血丹心 075
「―――それにしても、あんたが男抱く趣味があるなんて意外だったな」
「下手な女抱くよりもましだろうよ―――だからてめぇも同じモン付いてる男なんざ抱くんだろうが。―――なぁ、『翔』<カケル>坊っちゃんよ…」
(叔父…貴…?)
確かに、『キング』は―――翔<カケル>と呼ばれた男はそう言っていた。
忍の脳内でぐるぐると色々な論が駆け巡る。
益々混乱している忍の耳元で低く―――目の前にいる『キング』にも聞こえるよう薩摩は言った。
「―――俺の可愛げの無ぇ甥っ子だ」
「なんやて…!?」
忍の表情がこれと分かるほど強張った。
極道に染まりきった薩摩家を理解している訳ではないが、確かに薩摩と『キング』―――翔と呼ばれたその男の接点は多く感じる。
その獰猛な笑みや視線が時折重なって見えたのもあながち間違いではなかったようだ。
薩摩と似たような人間がもう一人いる―――それだけで軽い眩暈さえ起こしそうである。
声も無く口をぱっくり開いている忍の変化を垣間見て、翔は心底おかしそうに笑った。
皮肉を込め、侮蔑を込めた一笑だった。
「よう忍。あれだけ拒んでおいて、今はその男の下で喘いで『女』に成り上がってる訳か。随分と俺も―――馬鹿にされたもんだ」
「…」
翔が人を見下し馬鹿にするような低い笑いを、喉の奥で押し殺す。
まるで笑うのを我慢してそれが出来なかったような、そんな様子を意図してやる目の前の男に、忍の眼に敵意が滲み出てきた。
しかしそんな忍の怒りもいきなり冷水を浴びる事となる。
「…俺ならお前を助けてやれる。―――助けて欲しいか?」
険しい顔で、決してこの状況に屈している訳ではないと睨んでいた忍の顔が、面白いくらいに緩和した。
「…?」
一瞬何を言われたのかを、忍は理解出来なかったのだ。
しかしそれは忍だけではない。
途端に薩摩の顔が不機嫌に染まり、漆黒の眼に殺気が宿る。
だが、その口角は唇が弧を描くほど釣りあがっていて、そのアンバラスな表情が見る者を恐怖の底へ落とし込む。
「坊…てめぇ…。人の邪魔しやがる気かぁ…?これ以上何か下手な事しやがったら、てめぇが格上の『坊ちゃん』でも容赦しねぇぞ…」
「―――忍。こっち来い。…お前が本気でそこにいる奴に組み敷かれたくなかったらな」
「っ!!」
「どうやら本気で俺の邪魔する気のようだなぁ…?」
「叔父貴。ただ指咥えて見てた奴が突然横入りなんざ俺としても癪なんだよ。そいつは俺がものにする予定なんだ。手ぇ出してくれるなよ。―――それとも俺が『お願い』しなけりゃ、あんたは引いてもくれないのか」
「俺を脅してるつもりか―――坊」
「どのつもりで言ってると思ってやがる」
薩摩の機嫌は一気に底辺へ急降下したらしく、漆黒の瞳さえ獣のように細まる。
唸り声さえその口から漏れそうなほどの機嫌の悪さだった。
―――『鬼』を押さえつけようなどとは、随分命知らずな事をすると、もしも彼の部下達が見れば誰もが思うことだ。
「…ったく。胸糞悪い甥っ子だぜ」
僅かに、忍を捕らえる薩摩の呪縛が弱まった。
今が好機だと、忍は這い蹲るように慌てて薩摩の手の中から逃れ、立ち上がろうと腰に力を入れた途端だった。
仰向けの状態から体を捻らせ、両肘で体を支える。
そのまま立ち上がろうとすれば、まるで腰の感覚が無い。
いくら力んでも、体が立ち上がる事を拒絶していたのだ。
「…なん……で……?」
頭の中では非常避難宣言が出ている。
けれど、体がそれに応答しないのは、一体どういうことか。
「―――っち」
何故か不快そうに舌打ちをしたのは翔だった。
翔だけは、忍に何が起こったのかを知ってしまったようで、眉間に影が落ちるほどの深い皺を造っている。
「一体…なんが…?」
己の体に起こった変化が理解出来ず、呆然としていると、何か黒い影が忍の背後から忍び寄った。
薩摩の低い声がそっと耳元で囁いた。
「ははぁ。―――こりゃぁ光栄なこった。骨砕きにしちまうぐらい良かったってか。…てめぇもまさかその状態で動ける訳がねぇだろうよ」
「…あんたなんかうちに変な事したんか…」
嫌な予感が警告音を出し、ゆっくりと振り向こうとした瞬間だ。
「…じっとしてろ。きっちり俺が責任は取ってやるよ」
忍の理性を吸い取るように―――薩摩は意地悪い遊びでも思いついたように含み笑いを零し、首筋を舐め取って顔を埋めた。
「はぁ!?…薩摩はん!!」
しかし今度はそれだけで終わる事無く、背中から腕を回す形で撓えてしまった忍の『モノ』を鷲掴むように握って、それを扱き始めたのである。
「ふ…っ!!」
きゅっきゅ…と、なんとも居た堪れない音―――そして目の前に白が飛ぶほどの快楽が忍を襲った。
突然の事に忍が意識する間も無かった。
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