忍少年と碧血丹心 072
誰かが情報屋への依頼を考えた時、まず最初に選出されるだろう名が『飯島 祥』だった。
それほど彼は『その道』に精通しており、データの世界を支配している。
彼の情報収集の能力は随一で、警察の重要機密事項から裏社会の、恐らくばれてしまえばその口を塞がれるであろう、きわどい線まで踏み込んでいた。
金さえ積めば、法に引っかかるような危ない橋さえ、彼は二つ返事で渡った。
目的のためなら大胆なハッキングも行うが、首の皮一枚のギリギリなところで臆病な部分を残しているため、厳格に守れられたセキュリティの『門』を堂々破りながらもそれを相手に悟らせず、穏便に事なきを得るハッカーとしての実力・行動が彼には備わっている。
狙った情報(獲物)は逃がさない。
まさに生粋の情報屋だ。
更には、聞かれた事に対して、何も知らない事を酷く嫌う彼は、好奇心が人一倍強く、依頼以外であっても、悪戯にハッキングする事もある。
盗み見した情報を依頼以外で他言する事は無かったが、隠していたモノを漁って散らかされた者には大層恨まれていたため、敵が多かった。―――しかし、それ以上に、彼のバックには個人から組織まで、幅広い顧客が彼を重宝し、守られていたので、今の今まで事なきを得ていた。
しかし、誰の元にも付かなかった彼も、ようやく己の骨を埋める場所が決まったらしい。
己の技術・能力の全てを捧げたのは、『薩摩組』の若会長・薩摩 一雄だった。
盃を交わすほどの忠誠心と情報を薩摩に売ったとして、裏社会では大混乱となった。
自分達の機密情報があの鬼に漏らされるのではないだろうか。
―――今の内に始末した方が良いのではないのだろうか。
一時は、本気で飯島 祥は命を狙われていたが、鬼の持ち物に手を出した者の末路は多言を要しない。
飯島 祥は、確かに見た目ではゴボウのようにひょろく、容姿だけ良い弱者のようにも見えるが、彼が掻い潜ってきた修羅場は、それこそそこらの極道者より悲惨なモノが多い。
それを証明しているのが、今の現状だった。
この異様な空間に立っていながら、飯島 祥はずいぶんと落ち着いている。
周りの若者達の視線を受け止めながらも、祥は親しい友人にでも話すように肩を竦めた。
「別に誰に命令されたわけじゃないからねぇ。これは俺の独断だよ。薩摩さんに何かあってからでは遅いからさぁ。俺は『王様』に釘差しに来たんだ」
「―――話が見えねぇな」
「分からない?そっか、分からないよねぇ?」
「…」
すっと息を吸い込んだ祥の笑みは変わらずとも、しかしそれは一瞬にして鋼鉄のような冷ややかな印象を含んだ。
「―――『あの子』は薩摩さんが2年間もの間、大事に大事に保護してた小鳥ちゃんだ。それを勝手に捕まえられちゃ、こっちもとてもじゃないけど心穏やかじゃいられない」
沈黙が生じた。
薩摩をよく知っている者達からしてみれば、祥の冗談とも言える言葉を―――しかし穏やかさを崩さないまま、真摯に声を低く潜める相手に冗談とも言えず。
『キング』は馬鹿らしいとばかりに片方だけ口角を吊り上げた。
「…はっ…。保護してた、だぁ?つまりは、俺が知るよりも早くから、眼ぇつけてたんだな。なんだ、そういう『関係』か、薩摩の野郎とは」
「いやいや。薩摩さんとあの子はそんなふしだらな関係じゃないよ〜。…『まだ』、ね…」
「―――それは随分奇妙な話しだな。2年間も、あの野郎は手ぇ出して無いのか?…あの男が、だ。奇妙過ぎて俺には不気味でならない」
まさに血も涙も無い、たとえ相手が子供であろうとも報復ならば、極道者達が恐怖に慄くまで地獄を見せて始末をする―――そんな男が、子供を見守っている。
2年間―――2年間もの間、ずっと。
今もまだ―――…
そう考えると、それこそこの世の七不思議とさえ、思えた。
祥も同意するように一つ頷き、少し戸惑いながらも思い悩んでいるように苦笑を零す。
「…確かに俺からしても随分奇妙な話しだとは思うさ。なんせあの人の性格とやってる行動がまったく一致しないからねぇ」
情報は手の内にあるのだろうが、さすがの祥もその人の『思うところ』までは把握できないらしい。
ふいに、『キング』が試すような眼で祥を見下ろした。
「―――そんな面白い話されて、俺が黙って退くと思ったのか…?少なくとも『あの野郎』が一目置いているんだろう…?それを知って構わない方が可笑しいってもんだぜ?」
「そう言うと思ったよ〜。もう好奇心旺盛な『王様』にも困ったもんだ…」
「もしもその話が事実なら、このタイミングでアイツ攫ったのも、俺に対する牽制ってとこか…?お前に言われなくても、『あの野郎』が俺に挑発してる事ぐらい察してんだよ。―――だがなぁ、理解できねぇ」
何故あの『鬼』は自分に牽制してまで『彼』を囲おうとしているのかが。
それほどまで重宝される価値があるという事なのか。
しかし祥がそれに答える事はしなかった。
ただ何かを知っていると、そう匂わせるように―――道化師のような謎を含んだ笑みを唇で弧を描く。
「…正直な話、『あの子』だけは止めておいた方がいいよ。言い方は悪いけど、彼は『疫病神』だから」
「どういう意味だ」
「話のまんまだよ〜。忠告はするけど、あとの事は『王様』が決めてね」
話はもう終わったとばかりに祥は踵を返した。
今は敵ではないとはいえ、容易にその背中を見せるなど自殺行為としかいいようがない。
それだけの肝が備わっているのか、それともまだ何もかも知っているという強みが彼にそんな惚けた事をさせているのか。
そういえば―――と、最後に祥は振り返ってこんな事を『キング』に告げる。
「薩摩さんに男抱く趣味があるとは思えないけど、今頃あの子は薩摩さんの下で濃厚な時間を送ってるかもねぇ」
途端にパキリと、不吉な音がした。
見れば、『キング』が握っていた黒の携帯が形を変えて、その手の中にあった。
一部の部品はその握力に耐え切れず、そのまま粉々となって床に落ちている。
己の手で壊した携帯をじっと見つめる眼は何時にもまして冷たく、果たしてそれを壊した時―――『キング』は何を思っていたのだろうか。
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