忍少年と碧血丹心 071

◇ ◇ ◇

『彼』がこの場所に辿り着けたのも、とある経緯がからんでいた。

「やぁ『王様』。久しぶりだねぇ〜」

天井の高いこの倉庫内では、たとえ小さな声でも、周りが静寂であれば良く響き通るというもの。
緊迫した空気とは場違いな陽気な声が、周りの人間からしてみれば不気味で仕方が無い。
自分が優遇であると信じて疑わない―――そんな声音だ。

よくもまぁ、王者の領土を荒らすような真似をしてくれた。

そう嫌悪する輩もそう少なくない。
むしろ、自分が崇拝して疑わない王に軽率とも言える態度を示す訪問者に、周りは不機嫌な様を押し隠そうともしなかった。
しかしいくら気に食わないからと言って、ほんのそこらの生易しい不良のように悪質に絡んだり、口や手を出す事は無い。

目の前の訪問者をどう扱うかは、少なくとも兵隊が決める事ではないのだから。

倉庫を改良して作られた『Pandra』の本拠地に、何のアポも礼儀も無く乗り込んできたのは、薩摩組の組員にして情報屋の名で通っている男。

―――飯島 祥<イイジマ ショウ>だった。

白い眼に晒されて、少しばかり居心地が悪そうに顔を顰める。

「おお、怖い怖い…。そう睨まないでよ…。俺は別に争うつもりでここに来たんじゃないんだから…。ほら、幹部の皆さんも俺の事なんか無視して楽しんでくれていいからさぁ〜。用事は『王様』にしかないんだよぉ…」
「てめぇ…一体何しに来た。このタイミングて来るって事はそれなりの覚悟決めてるんだろうな…」

凄味を利かせた低い猛獣の唸り声。
それだけで睨まれた人間が怯んでしまうだけの威圧感を、この年で備えているのは、もはや天性としか言いようが無い。
足を組み、カウンターに背を預けて王者の貫禄を自然に装う『キング』は忌々しそうに舌打ちをして、無礼とも言える『訪問者』に睨みを利かせて見下ろした。
恐らくこの『キング』の機嫌を少しでも損ねれば、容易にこの領地から出る事は適わない。

しかも、今は特に―――特に『キング』の機嫌は悪いのだ。

更に尚悪い事に、先ほどクロガネから携帯を通して、薩摩組の構成員と共に忍が姿を消したとの、凶報を耳に入れたばかりである。

そこへ誘拐犯がわざわざ挑発するように、接触してきたとなれば、まるでお気に入りの玩具を横取りされたように『キング』の機嫌は底辺へ急降下していく。
『キング』の握っていた黒の携帯がみしりと不吉な悲鳴を上げた。
既にその表情に『無』が混ざり始めた頃から、傍でそれを観察していたユウジはそわそわし始めた。

「…祥さん。あなた勝手にここへ入ってきたんだ。―――もう俺はあなたを庇ってはあげられませんからね」
「庇う必要もねぇだろう…?ユウジ」
「うわ…。なんか何時に無く『王様』不機嫌だねぇ〜。いや、俺もね。さっさと用事済ませて退散したいよ…。ほんとに。誰が自ら望んで猛獣どもの檻に入るもんかって話さぁ〜。―――ほら、膝が笑ってるからね。がくっがくだよ〜。なんか冷や汗も出てきた…」

「―――無駄口叩く余裕はあるようだな。なら俺と遊ぶ余裕も当然あるわけだ…。わざわざ狩りにいかずとも獲物が自ら飛び込んでくるなんざ愉快でならないな」
「ちょっと待てってぇ。お兄さんこれじゃ落ち着いてお話もできやしないよ〜」

手っ取り早く、それこそ気まぐれを起こされる前にと、祥はわざとらしく一度咳払いをすると、静まり返った倉庫内で一人、口を開いた。

「彼は今、『王様』もご存知の『鈴蘭』にいる」
「それを俺に言ってどうする。俺が何かするとでも思ったか?」

何か面白くない記憶でも掘り返してしまったように、『キング』の眉間に綺麗な縦皺が寄る。
祥は笑みを浮かべながらも、まるで『キング』の内側を模索するようにじっと目視していたが、それも直ぐに蕩けるような緩みへと変わった。

それはどこか演技染みている喜びの類の、本当にどこぞのホストでもしていそうな甘い仮面だった。

「そうか!!ならいいんだよ〜。―――いやぁ、内心焦った焦った。あの子の肩に『王様』のジャケット引っ掛けてるし、何故か幹部クラスの『クロガネ』が騎士の様に守ってるし。それほど大切にされてるんじゃないかって、龍と一緒に最悪の事態想定してたよ〜」

今までの中で最も意地悪いとも言える、強みを握ったような笑みを浮かべて、祥は言った。

「―――『白取 忍』君に、『王様』が好意を抱いているんじゃないかってね。…それも結構マジで。違うなら俺でも手ぇ出せるって訳だ。いやぁ、彼って結構俺のタイプなんだよ」

僅かに『キング』の柳眉が釣りあがった。
暗く病みの底に落ちた金色に不吉な影が漂う。

「…」

ゆらりと、ゆっくりと―――地の底を這う金色の睥睨が容赦なく祥を射抜く。
想定していたのは、「馬鹿らしい」と王者の貫禄を見せ付けて、見下すように鼻先で笑い飛ばす『キング』の姿―――しかしその尻尾に触れた今、どうだろうか。

祥は知らないうちに乾いた笑みさえ口から零れていた。

「は…は、は…」

―――五体満足で、ここから出られる気がしないなぁ…

しかしその点は安心してもいいかもしれない。
心底複雑そうに顔を顰めている『ユウジ』が今にも祥へ飛び掛らんとしている『キング』を、本気でいつでも止められるよう構えていたからである。

―――構えると言っても姿勢が変わったわけじゃない。
いつでも緩やかな好青年を思わせる眼が、今は少しだけ剣呑になっているぐらいの変化しかなかったが、『ユウジ』は間違いなく無傷で逃がしてくれるという確信が、祥にはあった。

なんせ『ユウジ』は―――…

(まったくさ、『キング』も随分危険な『懐刀』を潜ませてるもんだよねぇ)

しかし緊張感の走った空気の中―――珍しくも『キング』の沸点が最高値に達する事は無かった。
不気味なほど粛然と、彼は王座から祥へ詰問した。

「―――『薩摩組』の構成員が何の用だ」

聞く耳を持っていると判断したのか、祥は安堵の息を深々とつく。
ようやく本題に入れるのだ。

「他でもない。今日『キング』が『ここに招いたお客人』の話さ」

その言葉に、周りだけでなく無論『キング』の目つきも変わった。

「『王様』へ伝えたい事はたった一つだよ」

弱者の臭いが強い男だったが、一度仕事としてのスイッチが入ればその印象はがらりと豹変する。
まるで蛹から蝶に変容したような―――彼の甘味の強い笑みにはどこか計り知れないものがあった。

そう言えば、祥は影ながら奇妙なあだ名で呼ばれる事がある。

―――『名男優』

その異名に相応しく、今の祥は先ほどの気弱な態度とは打って変わって、妙な余裕を持っていた。
祥はにっこりと、『無邪気』に笑う。

「―――『王様』。単なる気まぐれなら尚の事。『彼』には二度と関わらないで欲しいんだよね」

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