忍少年と碧血丹心 068

「まさか歯向かっておいて今更怖気づいたなんて言うんじゃねぇだろうなぁ…?」
「…」

忍を追い詰めるように、薩摩は自ら鋏の刃に喉元を寄せた。
ぎょっと眼を剥いたのは忍である。

「あんた、何してはる…っ」

薩摩の考えている意地悪い企みを知って、忍は尚更引き下がりにくくさせられた。
このまま鋏を下ろしてしまえば、薩摩の言葉をそのまま肯定してしまう事になるではないか。

意地とプライドが忍の逃げ道を断った。

ちょうど皮膚が食い込むぎりぎりにまで薩摩はわざと身を屈め、歯を食いしばっている忍の、不屈に燃える赤い瞳をじっと凝視する。
その間―――既に半裸に近い忍の肌が、薩摩が与えたこそばゆい快楽の余韻を引きずって、吐息が掛かるだけで反応してしまうようで、時折ぴくりとその体は揺れ動いていた。

「どうした。刺してみろよ」
「…っ!!」

更に屈めて―――それも忍の唇を目当てとして降りてくる薩摩。
鋏の刃が皮膚に食い込んでも尚、薩摩は引き下がる事は無かった。

「なぁに、そんな難しい事じゃねぇだろう…?ほんの少し力を加えるだけでいいんだ。どんな人間だろうと、首元刺られちまえば動けんだろう。そうすればてめぇは背ぇ向けて逃げ出して、自由になれるだろうよ。―――何戸惑ってるんだ。簡単だろうが。特にお前みたいな常習者なら、『いつも』みたいにぐっさりやればいいじゃねぇか」
「…っ!!」

薩摩が何かの爆弾を投下したように―――かすかに忍の手が震え始める。
尚も顔を険しくさせた忍の額には、嫌な冷や汗が浮かび始めた。
まるで何かと葛藤しているような忍の様子を観察しながら、薩摩はじょじょにその距離を詰め始める。

「さぁ、早く刺さねぇと、喰っちまうぜ…?」

元々鋏とはいえ、刃の手入れがされている料亭のものだ。
人間の皮膚など切り裂くなど容易い。
己の持つ鋏に、ぷっつりと何かが食い込んだ音と感触を感じて、忍は眼を限界にまで見開いた。
薩摩が自ら自分の首を差し出して、わざと鋏の刃を受け入れたのだ。

「っ!!」

噤んでいた唇がその瞬間に開き、それを見計らったかのように薩摩が口付けを施す。
まるで接吻さえした事の無い、初心な若者がするような、気遣いに似たものだった。
この男にとっての接吻など、ただ相手の性欲を高める以外の、何の価値も無いものだと思っていた。

そうだ。この男はまるで、まるで―――…

いや、そんな虚しい想定は止めておこう。
ただ分かる事と言えば、
それは性交のための口付けではなかった。

忍には、それが一体なんのための口付けか、理解する事は無く。
ただ呆然と、鋏を伝って落ちてきた血が臭いと共に自分の手へ零れていくのを感じていた。

「あんた…酷い、人や…」
「何を今更―――被害者面してんじゃねぇよ」

冷たくそう言い放ちながらも、動揺に瞳を小さく揺らす忍の手から鋏を取り上げた。
薩摩の首元からは赤い血が流れ、しかしそれはさほど深くないと分かる。
静かに鋏を元あった場所へと戻した後、薩摩は秘め事でも囁くように忍の耳元で呟いた。

「―――まぁ、『男』としてのその度胸は買ってやるよ…」

てめぇはこの鬼神と対等であろうとした。
その根性は評価してやろう。
まるで褒美を与えるように、薩摩は再び忍に口付ける。
今度のは間違いなく性欲に濡れていて、段々と舌根に食らい付くような激しさへと変わった。
喉奥さえ犯しそうな口付けは、忍の全てを支配しようとしていた。

だが、どうして忍がそれに対抗出来るというのだろう。

成し得なかった自分の不甲斐無さを垣間見て、ただ鼻っぱしを折るような強い衝撃に動揺するより他は無く。
完全に惨敗のショックから立ち直れていない忍の耳元で、薩摩は熱く吐息を零した。

「―――どうせだ。てめぇも楽しめ」


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