忍少年と碧血丹心 054

「―――『最初』からだよ〜。本当に始まりの始まりからさ」

再びキーボードを打つ祥の手が生き物のように動き始め、見るよう催促すノートPCの画面を忍の方へ向けてきた。
体の向きを変えないまま、目線だけで忍がそれを映した時だ。
ディスプレイに映る、音の無い映像を見た時、不可解なものでも見たように軽く忍の目が細まった。

「なんですか、これは」
「う〜ん、強いて言うなら―――盗撮?」

銀色のノートPC画面が目に入った時、そこには見覚える川沿いの砂利が敷かれた道が映されていた。
間違い無い。これは忍が毎日のように通学路として使っている場所だ。
太陽がまだ昇ってなく、白い吐息さえ混じっている事から、この映像が最近のものだと分かる。
どうやらこの映像は走っている最中を撮影されているようで、丁度成人男性と同じぐらいの目線で画面に映し出されていた。

とてつもなく嫌な予感がした。

忍が丁度目を細めた時、その映像の奥から学生の姿が近づいてくる。
見覚えのある制服。マフラー、手袋―――そしてぼさぼさの髪型。
銀淵の眼鏡を見ると、どうも自分との共通点が多い―――と、恍けた所で所詮無駄な足掻きだ。
それをじっくりと瞬きすらしないまま、画面内を歩きながら通り過ぎる『自分』を見送った後、深々と疲れを含んだ溜め息を零した。

「―――通学時と下校時に、同じ場所ですれ違う人がいるんです。いつも鍔のついた帽子を被って、青と白の混じったトラックスーツを着ていて。よく会うせいか、俺に軽く会釈してくれるんですよね、その男の方」

「…」
「…」

「まさかとは思いますが―――」

確信を含んだ重々しい溜め息が再び忍の口から漏れた。
心底疲れ果てたように一度目を瞑り、そして再び目を開くも、それは半目だった。

「『貴方がた』でしたか」

という事は毎日のように忍を監視していたという事か―――

一体なんのためかと考えれば、そこまでは分からないが。

もはやプライバシーも糞も無い、侵害だ。
怒りなど膨れ上がりすぎて弾けてしまった。

ただ残ったのは―――
忍の口元に浮かんだのは、皮肉に歪む笑み。

「―――こんなネタばらし、本人の前でやっちゃっていいんですか…?」
「まぁ…もう必要は無いって言ってたしぃ…」

―――そんな事をする意味が無い。
つまりは―――これは一体どういう意図なのか。

失敗したその微笑みは力なく漏れて、けれど自嘲の色も濃く滲み出ている。
色々と複雑に入り組んだそれは、忍の心境を読みとれなくさせた。

「日本屈指の組織に掛かれば、この国も手の平って訳なんですかね―――おちおち隠居生活も送れやしない。まるで保護動物にでもなった気分ですよ。まさかここまで手厚い『保護』を受けているなんて知りもしませんでした」

誰に尋ねた訳でもない忍の声音は、単なる独り言だったのか。
二人は忍の棘を含んだ険を感じ取って、触れぬ神に祟りなしとばかりにそれを受け流した。

「貴方がたは俺に何も聞かないんですね。わざわざこんな骨と皮だけの子供をとっ捕まえて、一体何の意味があるのかと。俺はてっきり色々と聞かれると構えていたんですが…」
「―――は?」

忍は瞼を緩く下ろした。

睫に隠れる紅の眼も半分しか覗いていない。
目先はどこか遠く、闇底に潜む面影を含んだ瞳が歪んだ『何か』を孕んでいた。
当初の緩やかな印象など取り払った忍の様子はどこかがおかしい。

―――事実、それは忍とて自覚していた。

それぐらい、今の忍に余裕がないのかもしれない。

「まだ俺に利用価値でもあると思っているんでしょうか?―――昔ならばまだしも、今の俺には何の後ろ盾の無い、ただの子供だと言うのに」
「…」

「貴方がたは何も知らないようですが、どうです?何故『あの男』が俺を捕まえたがるか、気になりません?―――『あの男』の事だから、何も教えてくれなかったんじゃないんですか?―――俺にはその覚えがある。過去話でよければ、俺が教えて差し上げましょうか?」

まるで自暴自棄にでも陥ったような忍の口元に浮かんだ笑みは勝ち誇っているように見える。
しかし終始を無言で見守っていた祥には、それが必死に背伸びをする子供のように見えて―――そうだ、この時ほど彼がまだ青臭い子供だったのだと感じたことは無い。
涼しげに微笑を零し、余裕を保ち続ける抜け目無い印象が強かったが、どうやら忍にとって最も都合の悪いこの状況に動揺を隠しきれないらしい。

「おいおいおい。何を勘違いしてるかしらないけどさ、一々他人様の言い分を聞いてられるほど俺らも暇じゃないっての。俺らは『あの人』の指示なら、なんの疑問も無く遂行出来るんだよ。―――例え未成年の拉致でも、理不尽な殺人でもさ。確かに、なんで『あの人』が君のような子供にそこまでご熱心なのか、気にならないと言えばそれも嘘になるけどよ、容易に人の領域に入るのは俺らのポリシーに反するな。好奇心に負けて下手に首突っ込んで、結局伸びた首を切られるなんて勘弁だ。―――長生きする方法知ってるか?見ず聞かず語らず、だ。俺はこの世界で長生きしたいし、そういう面倒ごとに巻き込まれるのは御免な訳」

「…」
「―――どうやら君の事情は俺らが思った以上に複雑なようだし…?」

絶望の底さえ見たような忍の枯れた眼を見て、龍郎はそんな事をぽろりと零した。
声はそれこそ陽気だったが、何かを含んだような物言いに、暗く深けていた忍を驚かせるには十分だった。
少しばかり辛辣な言葉だったが、さっぱりさせてくれるような快適を感じさせる。

「出来るなら大人しく俺達に運ばれてくれよ。―――なんせ俺達の関係って言えばさ、誘拐犯とその被害者な訳だし。互いの事情なんて悠長に話す事も無いだろう?」

身分相応…とまではいかないが、余計な手や口を突っ込む事はしないと、さすが全国規模の―――それも『彼』につく直属の組員だけに、踏み入って良い領域は弁えていると。
そう語る龍郎は、疲れを含んだ溜め息をつきながら、再び頬杖をついて窓の外を眺め始める。
これ以上忍の口から奇想天外な言葉を聞くのは御免とばかりの態度だった。
ふと、忍が緩く、自嘲さえ交えた溜め息を吐き出す。
二人の知る忍『らしさ』がこの時だけは深く滲み出ていた。

「すみません、失言したようです。出来るならば、忘れてください」

観念したように、忍は弱々しく言った。

「思った以上に、余裕が無いようです」
「―――まぁ、無理もないって」

龍郎は同情気味に笑みを零して、頭を振った。

「なんせ会う人が全国規模の勢力がある暴力団『薩摩組』の若組長―――極道のトップに立つ男となれば、誰だって冷静でいられなくなるもんよ」


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