忍少年と碧血丹心 051
「俺らは『極道者』だ」
祥が「あちゃー」とばかりに、苦々しく溜め息をつき、片手で両目を覆った。
忍はその単語の意味を理解出来なかったのか、ただ目を丸くして口を噤んで龍郎を見上げている。
「それは…」
何かを捜すように忍が視線を巡らせたかと思うと、ようやく適当な言葉が見つかって、忍は頬の辺りから人差し指を斜めに滑らせた。
「つまり、『これ』ですよね…?」
「そうそう。それそれ」
「それは、まぁ―――」
重々しい沈黙が一時訪れた。
忍がだいぶ戸惑っているのだろうと、その表情から伺える。
だが、普通の堅気ならば顔に浮かべるはずの恐怖や不安の色は無かった。
「―――なんというか、『ヤーさん』って、もっと厳つい顔した傷だらけの中年男を想像してたんで…。驚いたなぁ…今のヤーさんは随分と爽やかで、今時の若者を気取ってるんですねぇ」
「そんな事堂々言ってくれるのは君ぐらいだよ」
忍の気の抜けた返答など既に予想がついていたのか、それでもどこか安堵にも似た溜め息を零したのは、忍の後ろで一人青い顔をしていた祥だった。
ふぅと膨らませた頬から息を吐き出し、大げさに額を拭う素振りを見せる。
祥は、何度も口を挟もうとしていたが、龍郎のあまりにもの真剣さに立ち入る隙間すら与えられなかったのか―――今は話しに加わらない姿勢をとった。
恐らく、長年悪友として付き合ってきた経験から、龍郎の真意を理解したのだろう。
ただ任せると言わんばかりに龍郎や忍から顔を逸らし、途方に暮れたように空を見上げている。
「―――なぁ、やっぱりさ、もし君を騙したりしたら、俺ら恨まれる感じだよな?」
「何です、龍郎さんは俺を騙すつもりだったんですか?」
龍郎の問いかけに、忍は悪戯っぽく笑みを零した。
特に危機感も感じていなさそうな、余裕に満ちた忍の笑み。
けれどそれは、忍が騙される事を覚悟していたが故に出来た芸当だった。
「―――うん…まぁ…。実は君を騙そうと思ったんだけど、止めておこうかな…」
龍郎の言葉に、不意打ちを付かれたように目を丸くしたのは他でもない忍。
本当に驚いたようで、目が満月のように真丸だ。
「え?そんな驚くところ…?」
「いえ…だって…」
戸惑いながらも、最後は毒気の無い、困惑したような微笑みを龍郎に見せる。
龍郎にはその表情が故意的に作ったものではなく、思わず出てきてしまったもののように思えた。
「俺がもしここで逃げ出そうとしたら、どうするつもりだったんですか…?」
「もちろん―――催眠スプレーで」
ポケットから携帯用のスプレーを取り出し、宙に向かって「シュッ」と霧状のモノを吹きだす。
「これ無臭だし、しかも効果は絶大。どんな大泣きの赤子でも一瞬で泣き止み、夢の世界へ強制送還できる優れもの。しかもポケットに収納出来るサイズなので、ストーカーに狙われている女性でも気軽に持ち運びが出来ます」
「あははっ。そんな正直に白状しなくてもいいのに」
普通の子供であればここは顔を真っ青にするが、忍は明朗に笑うだけ。
「…でもヤクザさん。騙すのが貴方がたのお仕事でしょう?」
「耳が痛い正論だな。だけど、騙すだけが仕事じゃない。―――なぁ、正直君に恨まれると本当に子孫まで呪われそうだから、お願い聞いてくれない?」
な、頼む―――と両手をパチンとくっつけて、低腰姿勢で頼む姿はまるで上位関係が逆転している。
「―――俺達も一応皮膚の下に真っ赤な血が流れた人間様なんだよ。犬猫可愛いと思うし、聞きわけのイイ餓鬼なら、嫌いって訳じゃない。…君はしっかりしてるけど、やっぱり俺からしてみれば綺麗なお子ちゃまなであって、そんな子を無理やりの強引で従わせるのは良心が痛むってもんだ。だからな、俺達は君の合意が欲しいんだよ」
「俺の合意が必要なんですか…―――それは一体…」
―――どういう事でしょう…?
問いかける忍の眼は、不思議と穏やかだった。
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