忍少年と碧血丹心 050

「…なんか『王様』の関係者だったりする?」
「関係者、というよりも…まぁ、さっきまで接点のあった人です」

「…そのジャケット、どこかで見た事があるんだけど…」
「ああ、俺もだ。…もしかして―――」

互いに驚愕で目を見開き、瞬き一つする事無く忍を両者は凝視した。
足取りも急に遅くなり、左右から感じる強烈な視線に、忍は耐えられなくなりそうだった。

どっちを向いて話せばいいのか分からない―――

「な、なんですか…」
「おいおいおい。冗談だろう?」
「驚いたなぁ〜…。それ、あの王様の持ち物だよね…?―――ツタンカーメンのマスクより価値あるよぉ、それ〜」

拍子の抜けるような、少し甲高い声で忍の手に持つジャケットを指差す祥に、忍が脱力した。

古の王の遺品より価値があるとは一体それはどういう事か。

「お、大げさですよ…」
「大げさなもんかい。あの『王様気取り』が人に物貸す事自体考えらんねぇ」
「そうだよ。あの『王様』がねぇ。普通の人と見せかけてシノ君って結構大物だったんだ〜。ほんと『何者』?って感じ」

しみじみと、まるで珍物でも見るような眼差しは左右から痛いほど注がれている。
居た堪れない気持ちにさせるその視線に、忍は咳払いをしてどうにか気をそらさせようとした。

「何者って…。そのお言葉そっくりそのまま貴方達のお返したいですよ、俺は…」
「そ、それはねぇ―――」
「まぁ。なんていうか、答えずらいなぁ…」

忍としては会話が少しそれればそれだけで良かった。
しかし相手は何か後ろめたいものでもあるのか―――互いに顔をあわせて気まずそうにしている。
自然を装っているが、演じているような胡散臭さが時折見え隠れするのだ。
そんな様を見せ付けられて、気にならないはずがないというのに。

―――何かを隠している

話の視点を再び戻してきたのは、祥だった。

「―――もしかしてシノ君って結構『王様』に気に入られたりして…?」
「…冗談言わないで下さいよ。ちっとも笑えません、そんなの。あの人は俺にとって天敵以外の何者でもありません」

憮然と憤る忍は責めるように祥を睨みつけた。

「俺はあの人に関わってから碌な目に合っていない。俺を試したりなんかして、一体なんのつもりだったのか…」

今だ整理がついていないのか、それとも単に説明がしにくいのか。
忍は語尾を詰まらせて黙り込んでしまう。
ただ最後はこれまでの経緯の全てを物語るかのように、深々と肺が空になるまで息をついたのだった。

「あの『王様』とは本当に何の関係もないのか…?『Pandra』の一員でもなく、幹部でもなく、友人でもないって…?―――なら恋人関係って事はないよな?…」
「お、おいっ。龍っ!!恋人関係って、いくらなんでもさぁ…違うでしょうよ」

ねぇ?と、祥はどこか必死にそれを冗談で押し流そうとする。
しかし忍は、龍郎の問いかけに対して、訝しげに眉を寄せた。
二人は『キング』に関する事にはかなり慎重になり、臆病になっているようだ。
そこにあの男の機嫌を損なう事だけはしたくないという意思が伺える。

それにしても、何故そのように事を真顔で尋ねられなければならないのだろう―――

目端に映る祥の緩やかな甘い顔も、聊か真摯に固くなっているような気がする。

「もしも俺が『王様』の特別だったら、どうしていたんですか…?」

そして、もしそうでなかったとしたら―――…

忍はこの回答の仕方によって、何かが大きく変わるのではないかと、ようやく彼らに警戒を始めた。
いや、今まで警戒をしてこなかったかと言えば嘘になるのだが。
忍達の歩みは止まっていた。
遊楽店など見当たらない―――どうやらビルの裏口があるだけの、昼こそ人口は多くても、夜は少なくなる場所のようだ。
直ぐ近くには巨大なトンネルがあり、電車の線路が走っている事からどうやら駅が近い事だけが分かった。
恐らくもう少しで目的地へと辿り着けるはずだろう。
しかしその前に、彼らは忍に対して『何か』をやらないといけないようだ。
ふいに、がらりと龍郎の軽薄な印象が途絶えてしまう。

「君にさ、言っておきたい事がある」
「…なんでしょう…?」

いつの間にか、龍郎は忍を射抜くような眼で忍を見つめる。
紺色の闇の中、それを照らすのもやはり綺麗に縦列に並んだ街灯のみ。
何故こんな所で立ち止まるのかと、忍がそれを尋ねる事は無かった。
尋ねて何かが変わるのではないかと、忍は慎重になっていたのだ。
龍郎が溜め息をついた。

「―――なぁ、祥。これは俺の責任でいいからよ、任せてくんないか?」
「はぁ?―――何いってんの、龍…??」

非難に似た祥の疑問の声はどこか焦りさえ滲んでいて。
しかしそれすら聞いていなかったように、忍を見下ろして彼は目線で暗闇に包まれたトンネルを示した。

「―――このトンネルを抜ければ、一台の白いワゴン車が止まっている」
「おいっ!!龍郎っ!!」

ようやく龍郎が何を言おうとしているのかを悟り―――いや、それを祥も心のどこかで理解していた。
けれど確証が得られなかったから黙っていたが、怪しげなその言葉がきっかけで、龍郎が何をしようとしているのかを悟ったのだろう。
祥の焦りが、彼の穏やかな性質を全て打ち消して、忍が傍にいる事さえ忘れて、噛みつくように声を荒げた。

―――それが余計に、男達を不審にさせていく

「一体何を言ってるんですか?貴方がたは。俺に何を隠しているのか、もうそろそろ尋ねてもいいんでしょうか?」
「い、いや…これはっ!!」

「―――俺らは『極道者』だ」


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