忍少年と碧血丹心 049

◇ ◇ ◇

金髪の男『タツ』は自分を『上条 龍郎』<カミジョウ タツオ>と名乗り、そして茶髪のピアス男が『飯島 祥』<イイジマ ショウ>だという事を紹介された。
2人は幼馴染同然の関係であり、幼い頃よりこうやって互いに馬鹿騒ぎの出来る悪友なのだと話された。

「えっと…?『シノ』でいいのか?―――この汚れたハンカチはどうしたらいい…?」

金髪の男―――龍郎はピアス男の祥との間に忍を守るように挟み、街中を堂々歩きながらそんな事を訪ねてきた。
血まみれのハンカチは祥が持ってきたビニール袋に入れられていて、それを軽く掲げている。
忍は一度どうしようかと逡巡した後、緩やかに首を振った。

「―――相手は返さなくてもいいと言っていたから、そのまま捨ててもいいんじゃないんでしょうか…?」

行き交う人の中では忍の格好を一目するが、この2人が傍にいるお陰か誰も話しかけてくる事はない。
時折ではあるものの、こちらを目に留めるなり、あからさまに顔を驚愕させる輩達もいた。
最初に目に止まるはずの忍を見る事無く、どうやらこの2人の男に目を留めて去っていくのだ。

―――いや、むしろ彼らを避けるように通られているのは気のせいか…?

まるで厄介ごとは御免とばかりのすばやく、且つ自然を装って離れていくその様を見て、忍が怪訝に思うのも、もはや何度目とも知れない。

この2人は有名人なのだろうか…?―――いやいや、それは考えすぎだろう。

目の端に彼らを写し、そんな事を考えながら。
車の通れない大通路の両端には、ネオンサインで着飾った店が多く並んでいて、その大半がカラオケ店や居酒屋など夜の遊戯に相応しい遊興店ばかり。
喧嘩を始める者や、酒瓶を振り回して快楽に溺れている者、客引きをする華やかな美男美女、そしてこの深夜には相応しくない年若い少年少女もちらほらと見かける。
巧みに勧誘してくるその作られた笑顔や、なにやら怪しげな取引を交わしているのを見ると、物騒だと思わずにいられない。

決して眠らない町―――まるで自然の摂理を総無視したような場所だ。

コンクリートで固められたその道を何気無さを装って歩くものの、やはり都会は恐ろしい場所だと、忍は不得手と自覚した。
裏側の寂寞さは無いものの、物騒さでいうならば裏も表もさほど変わりはないようにも思える。

一人で居なくて良かったのかもしれない―――そんな事を思いながら、着る気にもなれなかったジャケットを交差させた両手に引っ掛け、一瞬吹いた寒風に身を震わせると、右隣にいた龍郎がらしくもない溜め息をついた。

「なぁ、せっかくのジャケットを着ないんじゃ、風邪引いても自業自得でしょうよ」
「そうだよ〜。利用できるものは利用してこその『物』でしょうにぃ」

相槌を打つように左隣の祥もまた、何度も首を縦に振った。
忍は少し沈黙を作った。
腕で暖かさを保つそのジャケットの品質の良さは、一度羽織っている忍こそよく自覚している。
しかし、とてもそれを身に纏おうとは思えないままであるのは、香ってくる『あいつ』の香水が自分の纏わりつくのが耐えられないからだ。
認めたくは無いが、あの男はどうしても無意識の中で意識してしまう強烈な印象を、忍の中に置いて行ってしまったようで。

忍は負けを認めるように白い溜め息を零した。

「…。―――どうやら人の事はいえないみたいですね。俺も加害者の持ち物をおいそれと、そう簡単に身に纏えるものではないみたいです」
「加害者?―――あの『赤毛野郎』の事か…?」

途端に不機嫌になったのは龍郎だった。
まるで悪い記憶を思い出してしまったかのようにぐるりと低く呻けば、彼の本性がちらりと覗く。

どうやら今だ殴られた事を根に持ち続けているらしい。

「いえ。これはあの人のじゃなくて―――…」
「ねぇシノ君〜。そういえば君って『王様』率いる【Pandra】の子なの〜?」

当初と変わらない第一印象を保ち続けている祥は緩やかな口調で忍に尋ねた。
むろん、それを即座に首を振って否定して見せるのは忍だ。

「違います。まったくの無関係です。接点なんて何一つありません。俺はいたって一般人です」
「けどさぁ〜。あの『クロガネ』がシノ君の事だいぶ気にかけてたよね?敬語使って、しかも愛想振り回して尻尾振ってたし、とても他人とは思えなさそうな関係だったけど?」

むしろ無関係という方が怪しい。

「それは俺も謎なんですよ。あの時が本当に初対面だったのに、あれほど懐かれる覚えはありませんよ」

悪い気など無論しなかったが。

ただ、人懐っこい大型犬に―――

…いぬ…

そうだ。どうも何かに似てると思ったらそれか。

近所を通れば見かけるあの犬に似ているのだ。

―――あの人懐っこさはまさしく『ラブラドールレトリバー』。

毎回人を押し倒すような力強さで甘えてくる、あの犬を擬人化すればあんな風になるのではないかと、妙に忍は納得してしまった。
一人思い耽るように考え込む忍に、恐る恐る尋ねて来たのは祥だ。

「なんか『王様』の関係者だったりする?」

どこか不安でもありそうな言い方だった。


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