忍少年と碧血丹心 046

◇ ◇ ◇

「―――はい。そうなんです。少し面倒な事になっちゃって…」

人気の無い寂しい裏路地は、排気口などの見えない煙によって異臭を漂わせている。
吐息一つで白い煙のたつ寒さに震えることも無く、はきはきと聞こえる男の声だけが静寂に響いた。
彼の長身な体躯と目に付く赤色の髪、極め付けには中々の美男子とあれば、どこか引き寄せられる色気に恐らく女達が黙っていない。

それも年下の年若い娘達よりも、甘く熟した年上の女性にモテそうな、好青年を思わせた。

彼ならば尽くす様に相手を大事にしてくれるだろうと、そう感じる人の良さを第一印象から匂わせていたのだ。
不気味なほど静寂に包まれたその裏道を一人歩きながら、赤髪のその男『クロガネ』は黒の愛携帯に向かって話を続けている。

「すみません…。信用を裏切るようで。本当は俺一人で出来る役目だと思ってたんですが…」

どうやら既に手の余る所まで事は進んでしまったようで…。

「それで一人、行方を見張る人が欲しいんです。…俺がやってもいいんですけど、なにぶん俺がこんなナリなんで…。直ぐに見つかってしまうと思うんですよね…」

体格といい、髪色といい、容姿といい…。

そしてこの繁華街に、既にその名が知れ渡っている『クロガネ』が、その表舞台に立って、周りが何の反応を示さないはずがないのだ。

それを相手も理解したのだろう、苦渋ながら了承した。
『クロガネ』がそれに感謝し、今後について計画を話していた際、いよいよ核心へと迫った。

何故『クロガネ』がこれほど警戒しているのか―――

「―――ええ…」

それは電話の相手…『クロガネ』の主人とも言えるべき男が、最も気にしている要点に迫った時だった。
『クロガネ』はどこか忌々しそうに声を低くして、しかしそれ以上の戸惑いを含んだ様子で、彼にそれを報告した。

出来れば一番言いたくなかった、忍を攫う様に奪っていったその相手は―――…

「多分あの人は相手が『ヤクザ』だなんて気づいてないと思うんです…」

恐れも怯えも見せる事も無く、ましてや遠慮さえしていなかった忍を思い出して、『クロガネ』の零した吐息はどこか重々しいそれだった。

どこの不良達にとっても、やはり本職者ともなれば本腰を入れて対応しなければ、痛い目を見るのはこちらだ。
しかし、だからといって威勢を張り合わずに尻尾を丸くして彼らのご機嫌を伺うような真似をしないのは、それだけこの町にいる男達のプライドが高いという事である。

まさにそのいい例が小規模とはいえ、とある暴力団を潰してしまった『キング』だ。

こちらの領地を侵したのだからこちらのルールでそれを償わせたに過ぎない。

たとえ相手が誰であれ、平等の制裁を―――…

そんな事をして暴力団による報復が怖いと思うのが普通だが、それは心配の種にもなりはしない。
彼の実力もむろん恐るべきものを含んでいるが、それよりも彼の血筋を知って彼らは容易に手が出せずにいるのだ。

けれど―――

『ただのヤクザ』だったならば、ここまで悩む事は無かったものの…。

今だ考えにふける様に黙り込む『クロガネ』は、独り言のように小さく呟いた。

「―――何事も無ければいいんですけど…」

たかが駅まで10分の道のりだ。
その間に何かあったのではたまったものではない。

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