忍少年と碧血丹心 045

「もしも騙されたと分かったらどうするんですか」
「…そのご質問、先ほども聞かれた気が……う〜ん、正直な話ですね、俺にもその時になってからじゃないと分からないんですよ。俺の見る目がなかったって諦めるかもしれないし、『こんの嘘つきがっ!!』…ってどつくかもしれないし…」

「そ、それだけですか?」

呆気に取られている『クロガネ』の問いかけに、忍はしばし考えるように唸りを上げた。
さて今日は何を食べようか―――と、まるでそんな軽い感覚で悩んでいるようにも思える。

「……他に何かするんですか?」

真面目に語るその口調は本気なのかどうなのかがまったく分からない。
この状況の中で冗談を言っているとも思えず、けれど冗談だろうと思わず言いたくなる。
忍はあくまで自分が無事である事を想定して―――まるでそうと決まっているような口調ぶりでそう言ったのだ。
一体どこからその余裕が生まれたのかと、思わず尋ねたくなる。
しかし、そうやって危機を危機として感じていない涼しげな様は、どこか容易に手を出せない雰囲気を作り出していた。

だから、忍を放っておいても案外、事なく彼は一人で帰れるのではないだろうか―――?

そんな予感もちらりと伺わせるが、しかしここがどこであるかを忘れてはいけないのだ。

「騙されてからじゃ、何もかも遅いんですよ?シノさんみたいな一般の方ほど『ここ』では泣きを見るって、あなたは知らないから」
「『騙される』なんて絶対にありえませんよ」

「どうして絶対って言い切れるんですか!!」

尚も忍を説得しようと、必死に声をかけてくる『クロガネ』。
しばしそれに一問一答で答えていた忍もついには溜め息をそっと零し、独り言のように呟く。

「―――ふふ……ウチ信用しとらんからな」

それは『クロガネ』の耳に届くことは無かった。
忍は子供に言い聞かせるように、優しげな微笑みさえ浮かべて『クロガネ』を見上げた。

「俺はねぇ、早く家へ帰りたいんですよ……―――こんな所で人を信用する、しないで揉めてもどうにもならないし、正直そんなんで悩むのは疲れるんですよね。とりあえず当たって砕けろです」
「砕けるのは反対です…っ!!」

「だってねぇ…ぶつかってみないと分からない事だってあるでしょう?なんだか考えるのももう面倒くさいし…俺疲れてるし…」
「悪い奴らだって分かっていながら、のこのこ付いて行くのは自殺行為ですっ!!」

「俺には問答無用でいきなり人を殴るあなたの方が悪い奴に見えたんですがね―――いい人に見えるこの人と、悪い人に見えたあなたと…俺がどちらを選ぶかなんて一目瞭然でしょう?」

最後は目の前にいるタツに意地悪く笑みを見せてから、振り返って呆然とする『クロガネ』をじっと見つめる。
これ以上の愚問は受け付けないとばかりの忍の様子に、『クロガネ』は目に見えるほどうろたえていた。
最初こそ忍を説得しようと開きかけた『クロガネ』の口だったが、何度も開閉を繰り返し、結局何も言う事無く閉じてしまった。
それから、降参を合図するように項垂れる。
きっとこれ以上忍に何を言っても、無駄のような気がしたのだろう。
彼の唇から白い吐息が長々と漏れた。

「俺が善人じゃない事ぐらい分かってますよ…。けど、よりにもよってこいつらより悪人に見えるなんて、こればっかりは落ち込みます…」

なんだかコイツに負けたような敗北感がありますし。

がっくりと肩を落として、『クロガネ』は脱力していた。
タツなど、少しばかり肩を震わせて、ただ翻弄されている『クロガネ』の姿をざまぁ見ろとばかりに、その口元に笑みを零していた。








「―――分かりました。ここは大人しく退散します。けど…」

屈み込む忍に、『クロガネ』は押し付けられた黒のジャケットを―――『キング』からの借り物をその細身に掛けた。

「ちょ…っ!!」

忍が慌てて立ち上がり、それを返すよりも早く、忍の扱いを既に心得てしまったのか―――後ろに何歩か下がって、すばやく忍から離れてしまった。
気を取り直し、吹っ切れたような様子の『クロガネ』は、無邪気に笑みを零して忍に言った。

「俺、駅で待ってます。そいつがちゃんとシノさんを送っていくか、この目で確かめます」
「そこまでしてもらわなくても」

「このままじゃ、『キング』に対して面目が立ちませんから。断れちゃいました、だなんて帰ったら怒られるんで。駅までならほんの10分で着きます。―――…もしも来なかったら、分かってるんだろうなぁ…?」

最後はドスを含んだ、猛獣の威嚇で今だ地面に肩膝を立てて座るタツを冷たく見下ろす。
それを真っ向から迎え撃つタツは無言を貫いた。

しばらく互いに睨み合っていたが、忍を見るなり、『クロガネ』の表情も一転して、好青年に戻る。

「その時にそのジャケットを受け取りますから、それまで持っていて下さい」
「ええっ?!」

忍はこれで『クロガネ』を避けて通れなくなった。
なんせブランド品だと分かるそれだ。
容易に投げ捨てるなど、庶民精神のある忍に出来る行為ではないのだから。

彼はそれを計算した上で言っているのだろうか?

「今日は一段と冷えますから、その格好は寒いですよ?」
「…」

彼は計算で言っているのか否か、結局それは忍には分からず終い。

「―――それじゃ、俺は駅で待ってますから」

威嚇を続けているタツなどに目もくれず―――ぶんぶんと、大きく手を左右に振り回して、喜々と忍に挨拶すると、表通りではなく、裏通りの奥深くに紛れて彼は走り去っていった。
まるでスキップでもするかのような、軽やかな足取りはさながら大型犬が走るように。

忍はその影が見えなくなるまで見つめて、最後はやはり溜め息を一つ。

「ほんま明るい人やなぁ…」

茶髪のピアス男が、冷えたペットボトルの入った袋をぶら下げて帰って来たのは、それから間もなくの事だった。

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