忍少年と碧血丹心 047

「とりあえず、あいつらが何か仕出かさないか、見張っておきます」

相手の了承を得て、携帯を閉じた『クロガネ』はそっと息をついたその時だ。
ふと目の前から粗野ささえ感じる、耳障りな笑い声が何重にも重なって聞こえてきた。

「…」

目を細めてそれを凝視すれば、若者達が悠々と夜道から姿を現した。
『クロガネ』と年の変わらない、しかし柄の悪そうな連中が我が物顔で奇声を発している。
それも同じく別の不良グループに身を置く、目に入れる事さえ面倒な連中である。
弱い者同士が粋がって群れを成し、強くなった気でいる弱者ども。
最近ではそんな連中ばかりが目端に映るものだから、鬱陶しくてしょうがない。
どうやら相手は酔っているようで、互いに揺すり合い、支え合うようにしてこちらに向かって歩いてくる。

「ははーいだっ。そんでっそんでっ、その女ったらさぁ―――」
「おい…っ!!あいつって…っ!!」

その場に突っ立ている『クロガネ』を見るなり、楽しそうに顔を緩ませていた奴らは冷水でも浴びたかのように、固まった。
定まっていなかった焦点を合わせ、荒ぶれる神の逆鱗にでも触れてしまったかのように恐れ慄いている。

「お、お前…っ!!」
「や、やばいって…っ!!あいつは―――…っ」
「『クロガネ』だろう…っ!?まじで、なんでこんなとこいんだよ…っ!!」
「誰だってんだ、こっちの方が近道なんざぁ言いやがった奴はよぉ!!」
「な、何びびってんだってっ。たった一人じゃねぇかっ」

見上げてしまうほどの長身と、嫌でも目に付く赤髪の色を視界にいれるなり、彼らは途端に後ずさりした。
しかし一度鉢会っておきながら背中を見せて逃げ出すなど、いい笑いものではないか。
適当に怠慢を張っておいて、せめて五分五分の強さだと知らしめなければ男の名が廃る。
それこそ尻尾を巻いて逃げ出す事など『族』を名乗っている以上、死んでも出来るわけがなく。

「く、くそ…っ!!ついてねぇな…っ」
「けどこんだけの人数ならいけんじゃねぇか!?」
「案外『不屈のクロガネ』なんて名前は出任せかもしれねぇしよ…」

あくまで自分達の方が優勢であると知らしめるように、鼻先で笑い飛ばすその青年の顔は、その言葉を裏切って強張っている。
無言でそんな彼らを冷視する『クロガネ』には、普段の緩みも明朗さも見当たらない。
ただ、縄張りを荒らされた事による憤怒を体から滲ませて、相手を静かに威嚇していた。

闇に潜む灰色の眼は狩りの始まりを告げるように、閃光を走らせている。
尻尾を巻いて逃げようとする彼らに、『クロガネ』は見下すように冷ややかに睥睨した。

「―――俺はお前らと遊んでいる場合じゃない。早く俺の前から消え失せろ」
「な、なんだと…っ!!」

一番酔っていたその若者が、感情に任せて逆上するのは意図も容易く。

周りを押し切り、一人勇敢に拳を振り上げて『クロガネ』を殴るよりも早く、襲いかかったその若者は地面に沈んだ。
その男の手足の短さでは、モデルさながらにスタイルの良い『クロガネ』に届く前にやられてしまう事を、まったく分かっていなかったようである。
頬の骨すら砕く『クロガネ』の拳に当てられて、まるで人形のような脆さで地面を滑って転げ回り、そして最後は壁にぶつかってその勢いは止まった。

殴られたその男が立ち上がる様子は無い。
その薄汚れた壁に付着している血の生々しさは、戦慄として若者達の背筋を凍らせた。

「…」

その光景から目を背く事も、瞬きすらも出来なかった若者達は、恐怖に縛られたまま唇を慄かせて、カラカラに乾いた喉を潤おそうと、コクリと唾を飲み下した。

「う、嘘…だろう…」

すっかり熱に浸った雰囲気は冷めて、その場に沈黙が生じた。
見れば、握っている『クロガネ』の拳から、何か黒に近い液が零れるように地面に落ちているようだ。

―――それが『何』であるかなど、聞くのは愚問である。

「―――俺の邪魔をするのか…?」
「い、いや…っ!それは違うって…!!」

「―――邪魔をするならすればいい。俺は無理やりにでもそこを通って行くだけだ。…だが、許せねぇな…―――邪魔された事が、許せねぇ…」

『クロガネ』がゆっくりと威圧をかけるように歩き出す。
ジャケットの裾をはためかせて歩くその様は、殺気を抑える事無く、堂々獲物を探す野獣のようだった。

あの人は『キング』のもの。

崇拝すべきかの王者が、あの人を守ろうとしているのだ。

それを妨害するなど、宥恕する余地すら与えるものか―――

(―――もしもあの人の『色』に傷一つでもつけたら…)

お前らの手を

お前らの足を

お前らの首を

お前らの全てを―――…

標的を間違ったまま、ただ血に飢えた獣は血を求めて。

ぐるりと喉を鳴らした彼の口元には、理性の欠片すら残していない凶暴な笑みが深く刻まれていた。


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