忍少年と碧血丹心 044

「こんなもんですかね…」

ある程度その顔が元に戻った事で一息ついた途端、急に後ろから二の腕を引かれた。
その力に痛みや荒々しさは無かったが、有無を言わせない強引さに、華奢な忍の体が容易に持ち上がりそうになる。
それをどうにか足を踏ん張らせて、しゃがみこもうとするのだが、片腕を引く強さに中途半端な格好となってしまった。

「な…にを…」

それは忍を取り戻そうとしてか―――『クロガネ』がタツに敵意を向けながら睨みつけ、忍を奪われまいとするかのように、引き寄せたのだ。
必死とも焦っているとも見て取れる彼の行為に、忍は獲られた二の腕を振って、抗おうとする。

「ちょっ…!!」
「シノさん。もういいでしょう?俺と一緒に帰りましょう」
「おいっ!待てよっ!!その子は俺達が―――」

タツの叫び声を遮って、静かに諭す含みを持った忍の声が、凛と響く。

「待って。待って下さい。俺はこの人達と一緒に行くんです」
「―――え?」

「俺は最初に言いましたよ。この人達と一緒に行くと。…手を離してもらえませんか。結構この体勢はきついんです」
「…」

「離してくれませんか…?」

頑として譲らない忍を見て、『クロガネ』の力はこれ以上の無理強いは出来なかったのだろう。
するりとその片手から忍の手が抜け落ちて、中途半端に持ち上がりかけた忍の体は安定する。

「すみません…」

『クロガネ』は忍を凝視してから、どこか痛むのか―――顔を顰めて唸る。
心底それに納得していない様子だった。

「けど、やっぱ駄目です」

口を出さない事に我慢出来なくなったのか、『クロガネ』は意を決したように顔を持ち上げた。
それは、間違っている―――と、口では何も言わなくとも、彼の灰色の目がありありと忍の選択を非難している。

「そいつらが一体どんな奴か、『シノ』さんはご存知ないのでしょう?」
「―――詳しくは分かりませんが…あまり人に言えない事でもやってるんですかね?」

忍は目の前で渋そうに顔を顰めているタツに囁きかけ、目を細めて見つめた。

「どうなんでしょうね」
「…」

何も言わない、何も言えないタツはかろうじて、忍の熱過ぎるその眼から、逃げるように目線を反らす。
忍はその間にも、ふき取れていない箇所に布を当て、タツの顔についた血を拭っていく。
タツは最初こそ、あれほど忍の行為を嫌がっていたのにも関わらず、今では大人しく為されるがままだ。

「でも、これ以上聞くのはなんだか恐ろしいので、もういいです。知ったら彼らを信用出来なくなってしまいそうだし」
「シノさん…っ!!」

冗談を言っているとも取れる、どこか楽しむような忍に慌てるのは他でもない『クロガネ』だ。
思う通りに事が運ばない事態に地団駄を踏んでいた。

この危機感の無さは一体なんなのだ、と。

「駄目ですっ!!危ないって分かっていながら…!!」
「彼らは俺を生まれながらにして持っている健全な好意で送ってくれるんです。そんな危ない目に合うことも無いでしょう」

忍は自分の都合の良い方向にしか考えていないようだ。
こんな危機意識の無い人では、とてもじゃないが、この地域に一人放置する事は出来ない。
扱い方に戸惑いながらも『クロガネ』は諭すように忍に問いかけた。

「もしも騙されたと分かったらどうするんですか」

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