忍少年と碧血丹心 043

忍はまた溜め息をついていた。
もはや何度目のそれだろうか。

「ええと、タツさんでしたっけ…?いい大人がそんな事で駄々捏ねないで下さいよ」
「そうは言うけどな、考えてもみてくれって。そいつは俺にとったら加害者だ。俺を問答無用で殴った奴の持ち物を、何が悲しくて借りなきゃならない」

「確かに、あなたの言い分もご立腹加減も分かりますが、そのまま表を歩いていたら嫌でも注目を浴びますよ…?それに今のあなたの顔…失礼ですがかなり無様です…。正直言えば、そんな鼻血垂らした人の隣を堂々歩く勇気、俺にはありません」
「…」

ぐうの文字も出ないのだろう。

タツは最初こそその言葉に動揺していたが、ヤケクソのようにそっぽを向く。
苛々しているのか、先ほどの親切な一般人の影も無く、少し棘を含ませて忍に言った。

「そういうお節介は止めて欲しいなぁ。こっちはこっちでどうにかするから―――」
「仕方ないですね。俺の着物破って、それ使いましょう。結構上等なものだったんですけど、人助けのためですもんね」

「おい、おいっ―――いいって、いいってっ。分かったっ!!そのハンカチを使おう!!使うからさ…っ!!」

本気で己の振袖に手を掛ける忍に、タツは飛び掛るように止めに入った。
そこまでされる覚えは無いとばかりに、焦り以上の不満がタツの声に怒りにも似た色を含ませる。
忍のその行為は理解不能としか捕らえられず、何故赤の他人にここまで出来るのかと、偽善者を見るように嫌悪してしまう。

それは優しさも暖かさとも無縁の、裏の世界に住む彼故の事情だった。

忍はこうなる事を想定していたのか―――涼しげに笑みを零し、しかし見る者の目が変われば、それは意地悪く見える。
忍が本気でそれをやろうとしたのでは無いと悟ると、どこか調子を外したように、タツは恨めしそうに呟いた。

「君は性格が捻り曲がってるなぁ…」
「あなたは随分皮を被るのがお上手ですね。最初とまったくの別人じゃないですか…。―――とてもあの『おちゃらけた』人と同一人物だなんて思えませんよ」

「いやいや。君を怖がらせないようにと気を使って…」

忍は、そのままハンカチを彼の鼻元へ寄せたが、直ぐにタツに手首を捕まれた。

「…それぐらい人の手を借りなくても自分でやるって」

そう言って忍からそれを取り上げるように奪うと、無造作に鼻辺りを拭き始めた。
しかし、一度血を拭い、赤が付着したそれを汚れていない箇所へ持っていくものだから、状況は更に悪化するばかり。
まるで落書きされた顔になって、笑いを誘う。
また更に不様な顔になったもんだ。

「―――はっ。その顔がてめぇにはお似合いだな」

冷視していた『クロガネ』は鼻先で笑い飛ばした。
途端にスイッチが入ったように、タツの手はぴったりと動きを止める。
睥睨するタツの眼に射られても、『クロガネ』はやはり真っ向から立ち向かうように睨み返すのだ。

「…。やっぱり貸してください。俺がやった方が早く終わりますから」


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