忍少年と碧血丹心 040

仄かに香りがする。
それは既に慣れ親しんだ―――とまではいかないが、どこか覚えのあるもの。
それがジャケットから香ると知って、忍は眉を寄せた。

まるで『アイツ』が直ぐ傍にいるような錯覚さえ感じたのだ。

しかし大きな両手が、ジャケットが落ちないよう、忍の両肩に縫いとめてしまって、振り落とす事さえ叶わない。

それはこの声の主によって―――…

「この人は『キング』のものだ。―――お前達が軽々しく触れてもいい人じゃない」

人をあの傲慢知己な持ち物だと公言され、忍としては面白くない。
誰だ、そんな勘違いをしている野郎は。

忍は一瞬躊躇った後、おずおずと窺うかのような鈍さで、己の両肩を掴むその介入者を見上げた。
そしていきなり人を殴るなど、なんて無礼な奴なのだろうと、忍は敵意さえ覚えた。
ふいに、茶髪の男が戦慄で体を震わせながら、独り言のようにこう呟いた。

「『クロガネ』じゃないか…っ!!なんでこんな所にあいつの犬がいるんだよ…!!」

(くろがね…?)

これもまた、俗称なのだろうか。
もしかしたら本名を知られる事は不味いのかもしれない。

(クロガネ…『鉄』?―――なんかのニックネームなんやろか…?)

そしてその名は一体誰によって与えられたのだろう。

相手は走ってきたのか―――荒々しい呼吸を肩で繰り返すたび、唸り声さえ零れそうなほど食いしばった白い歯の間から、寒さを思わせる吐息が白となって夜空へ消えていく。
最初に目に付く赤い髪―――それはワックスで固めて逆立て、それがひどく野生染みて見えた。
ショートを繰り返す街灯に照らされて、時折灰色の目が瞬く。
その瞬間―――閃光を走らせて、執着さえ感じるほどの横顔と出会う。
まるで狂気を孕んだ獣を見ているみたいだった。
この二人の男より若く見えるが、背丈ではこちらの方が高いようだ。
恨みすら抱いていそうなおっかない形相は、忍の思った通り、顔が随分整っていて、むろん忍は初めて見る男である。

だが、忍を除いた三人は互いに顔なじみだったらしい。

しばらく身動き一つ出来なかった金髪の男が顔を上げた。
顔を覆う片手が取り払わると、鼻周りが血で染まっているのが分かり、せっかくの整った顔も無様なものだった。
なんて痛々しい。

「てめぇ…」

恨めしそうに唸りを上げ、金髪の男は不機嫌そうに柳眉に皺を寄せた。

「こんな事してただで済むと思ってんじゃねぇだろうなぁ…」

その口から漏れたのは、当初の悪ふざけの過ぎた軽いものではなく、重々しい凄みを含んだ唸り声だ。
ぞくぞくと背筋が痺れる。
忍は金髪の男が知らない人物に見えて、思わず体調を気遣う言葉を飲み込んでしまった。

空気の不穏さは当初よりだいぶ濃くなり、通り過ぎる者達がいれば足を竦ませるか、もしくはこの場の危険性を感知して背を向けている事だろう。
しかし、そんな威圧さえ苦と感じていないのか―――赤髪の男は…『クロガネ』はにたりと口角を吊り上げた。

「どう済まないんだ?」

何か期待を含んだ、楽しそうな声だった。
茶髪のピアス男はただおろおろと2人のやり取りを見守る事しか―――というよりも、早く嵐が過ぎ去るのを待っているようにも見て取れる。
一瞬どもった金髪の男は言い返す言葉が無かったのか、忌々しそうに舌打ちをした。

「俺達の『仕事』を邪魔すれば、誰が黙っちゃいないか分かって―――」
「おいっ!!タツっ…!!」

茶髪のピアス男が声を潜ませながらその続きを絶とうとしたが、しかしそれは既に手遅れだ。
忍が怪訝そうに眉を寄せて「仕事?」などと呟いて、問いただすような眼で、『タツ』と呼ばれた金髪の男を見る。
焔が燃え揺れる双方の瞳――― 一度己が映るだけで、男達は蛇にらみにあったように微動できない。
忍は訝しげる訳でもなく、ただ目を細めた。

「―――仕事、ですか」
「あ…と…だなっ。いや、それは別の話で……」

忍の知る表情に戻った『タツ』はしゅんと体を縮こませた。

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