忍少年と碧血丹心 039

「さぁて、それじゃぁ行くとしますか」
「駅はねぇ、歩いてほんの10分の所だよ。人ごみが多いから少し裏道通ったりするけど、まぁ多少人はいるからね〜。人の目なんか気にせず堂々いっちゃいましょうか」
「すみません…なんだか貴重なお時間を頂いてしまって…」

本当に申し訳ないと思うのだ。

忍は己の下駄靴を見下ろす形で頭を垂れていたが、誰かに手を引っ張られて促され、顔を上げた。

「あらら。こんなに手ぇ冷やしちゃって…。今日はほんと寒いもんね。それじゃぁ、さっさと『暖かい所』へ行こうか」

にっこりと―――整った顔全体で笑みを作ってそう言ったのは茶髪の男だ。
もしも異性であればその甘いマスクの、無邪気とも言えるその笑顔に酔って、顔を赤らめてしまうに違いなかった。
忍の片手を宝物でも扱うように優しく両手で包み込みながら、確かに冷たい忍の小さな手を温めるように何度も擦っている。
くすぐったさと、それ以上に違和感のある接し方に忍が困っていた時だ。

「―――あぁ?なんだてめ―――…っ!!」

少し後ろで離れて立っていた金髪の男の、威嚇の声を聞いたかと思うと、不自然にその声は途切れる。
その瞬間―――忍達の前に、金髪の男が吹き飛んできた。

「「!?」」

体を引きずるように硬い地面を転がりながら、ようやくその勢いが止まったのは、伏せがちだった自分達の顔が、丁度正面を向かなければならないほどの距離を、『それ』が前転した後である。
俯きに倒れた金髪の男はまるで生まれたての子羊のようなよろめきで立ち上がったかと思うと、顔に片手を当てて呻き、片膝をついて再び崩れ落ちた。
その手の間から、水が零れるように血が流れ落ちる。

「…っ!!ってぇ〜…!!」

痛みに声のトーンを高くして、金髪の男はうめいた。
石に躓いて転んでしまったような軽い声―――しかし、実際顔を覆った指の隙間からは、絶え間なく赤い脈が続いている。
痛みを訴えて声を上げるだけ、まだこの金髪の男はマシだ。

―――普通なら悶絶してうめき声一つ出せないまま蹲り、最悪の場合失神してしまっている。

しかし……しかし、一体どうすればあれほど人は遠くへ転がっていけるものなのだろうか。
まるで爆風と直撃したような―――戦隊モノで大げさに振る舞う、やられシーンのような……とにかく、それほど強烈な転び方を見せてくれたのだ。
本気でそう思ってしまうほどの非現実的な場面に遭遇し、忍の頭は一瞬処理をする事が出来ぬまま停止していた。
しかしそれは忍だけでなく、目の前で手を引いていた茶髪の男も同じだ。
いささか血相を変えて、錆びかけたギスが捩られるように再び忍の方を―――しかしそれは否だ。

何かに焦点を当てて、茶髪の男は血相を変えた。

「お前…っ!!」

その目線の先は忍より更に先―――動揺に小さな瞳孔を震わせている。
まるで化け物にでも遭遇したかのように唇をわなわな慄かせたかと思うと、忍の手を離して一歩一歩と離れていく。

『何か』を刺激しないようにと、配慮するかのように―――そっとだ。

忍には何がどうなっているのか、さっぱり分からない。
一体今は何を優先にして動けばいいのか―――あまりにも重なって起きた事柄に対応できないまま、情けなくも動けなかった。

ただ分かるのは後ろに気配がある事だ。

背中を何重にも深く抉ってしまいそうな殺気がひしひしと伝わってくる。
寒い気温の中にでも、人の熱さを身近に感じた。

それはとても近くに―――……近くまで迫ってきている。

―――何が起こっているのだ

ふいに、冷えた体を包み込むようにして何かが被さった。

黒い何かが―――

(な…んや…?)

手で触れてみれば、凹凸無く滑っていき、それはどこか覚えのある感触だった。

予感と共に少し視点を下げてみれば、間違いようも無い―――

それは『あの男』の―――…

『王』<キング>が身に纏っていたジャケットだった。

―――何故こんなものがここにある…?

それを本能のように忍が引き剥がそうとしているのを知ってか―――忍が行動を起こす前に誰かに肩を捕まれる。
しかし、それはあくまで優しく、まるで支えるかのような大きな手だ。

真横に、『誰か』がいた―――

「―――この人は『王』<キング>のモノだ。お前らが手を出していい相手じゃない」

低く呻くように―――忠告とも言えぬ恫喝の声が、人気寂しい裏路地の間を駆け抜けて木霊した。

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