忍少年と碧血丹心 032

「―――ほんまに散々な日や…」

大きな声を出した訳でもない。
怒鳴った訳でもない。
ただ、忍は訴える。

これは、一体なんなのだ―――と。


「―――…。ウチを試して、一体あんさんが何したんかったんか(したかったのか)分からへんがな、どうやった?あんさんも、もう気ぃ済んだやろう?―――うちが慌てる姿見れて―――気ぃは晴れたかいな…?」

忍の口元には自然と笑みが零れていた。
自嘲とも冷笑とも似つかない、奇妙な笑みだ。
妖艶ながらどこか険を孕み、『キング』とはまた別の意味の威圧感を持っている。
それを最初こそ包み込むように隠していたが、既に剥き出しの状態だった。

全身に棘を纏い、触れようとする者の全てを傷つける―――それが今の忍の状態。

「―――もう終いや。その顔見るやけかて、やんなるわ…。恨まれへん覚えはあらへんがな、こないな仕打ち許せん訳ない。―――もう…終い。それでよろしおすなぁ?」
「おい。しの―――」

―――忍…

キングと呼ばれる男がそう呼ぼうとした瞬間だった。
忍の双方の紅玉に閃光が走った。

「しゃべるなぁ!!」

静かに豪を煮やしていた忍が爆発したように怒号を飛ばす。
それは大きく倉庫内に響き渡り、びりびりと空気が打ち震えていた。

「…」

それだけで、面白くなさそうな顔をしていた『キング』の機嫌が底辺を下回る。
彼もまた、何かに苛立っているかのように怒りに似た爆弾を抱えていた。
これが爆発すればどうなるのか―――それを目の当たりにした事がある若者達は硬直する。
今は何もしてはいけないと、この不穏な空気を感じ取れば誰にだって分かる事だ。
忍はどうにか内側から込み上げる衝動を抑えようとしているようだったが、それさえもせき止められないように、体をわなわなと震わせている。
深呼吸を一度してから、肺が空になるまで息を吐くと、少し落ち着いたのか、声音は幾分静かになった。

『最初』と比べて―――ではあるが…。

「もううちの名をしゃべるん事も許さへん。うちの事を語るんも―――みな(全部)…みな(全部)や。よろしいおすなぁ?」

それは互いの合意を得るための問いかけなのでは無い。

忍の断固たる意思だった。
もはやそれを覆すことは許さない―――許されない…
そのまま怒りに任せて踵を返した忍に、『キング』の沸点を超えた唸り声が呼び止めた。

「どこへ行く!!」

「いる<帰る>!!」

『キング』は忌々しそうに舌打ちをした。
言葉の意味が分からず、対応できない事態に唸り声を上げるが、それだけでは事態の方向が良くなるはずも無い。
後姿を晒して去っていく忍の姿を男は目で執念深く追う中、何を思ったのか―――忍が振り返った。
氷のように張り詰めていた無の表情が、彼の怒りの深さをありありと表現しているようで、けれど浮かべた表情はやはり―――…

「ほな―――さいなら…」

皮肉げに万遍の笑みを零して、忍は最後とばかりに力の限り扉を叩き閉める。
轟音が静寂の空間に激しく響き渡る中、しばし『Pandra』の聖域では重々しい空気が流れた。

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