忍少年と碧血丹心 031

押し殺すような泣き声だけが響く。

「なぁ、空さん。ウチはなんも見てへん。なんも、聞いてへん。なーんも知らん。―――せやから、なぁ……。ウチの話、分ってくれはりましたら、そこを退いてもらってもかまわへんか?」

その言葉に、空は素直に従った。
忍の羽織に身を隠すように、震える彼女の手がそれを抑えながら立ち上がり、我構わず踵を返して走り出す。

いつも緩やかに動く彼女とは思えないほどの敏捷さだった。
空にとって、今のこの状態を一分一秒たりとも忍に見せるのは耐え難い苦痛だったのだ。

「おいっ!!」
「空ちゃん!!罰ゲームどうする―――」

集まった若者達の押し留めようとする声と、体を押しやって、倉庫内の奥へ続く扉を開けて身を隠すように駆けて行ってしまう。

「…っ…」

かなり荒々しく閉じられた扉に視線が集中する。
ただ状況を理解出来ない彼らは呆気に取られるしかない。

「な、なんだったんだ…」
「意味わかんねーよ…」

話の大部分は聞いていた若者でも、何故空があんなにも錯乱していたのかを理解出来ず、ただ困惑するのみだった。
あの話を理解するには、あまりにも彼らに情報が足りなさ過ぎた。
恐らく、忍にも彼女のその『態度』を、本当の意味では理解しきっていないだろう。

そして二度と、それは完成する事は無いパズルピースの欠けた絵となったのだ。







その場に気まずい雰囲気が流れる。
カウンターでは思いもよらない結末に『キング』は面白くなさそうに憮然と頬杖をつき、『ユウジ』は安堵の溜め息を深々とついた。
終始微動だしていなかった忍はのっそりと起き上がる。
途端に、忍を囲う人集の輪が息もぴったりに一周り広がった。
それに構わず、紐の解け掛かった袴や髪を結わき直し、乱れかけた着物を正して埃を叩く。
脱げた下駄も見つけて履き、口端の血を拭った。
その間、上手い具合に見えなかった忍の表情―――しかし見えずとも彼の纏う雰囲気の不穏さに誰かが息を呑む。

忍は歩き出す。緩慢な動きで、ゆらゆらと。

その間、誰一人として話す事も動く事もしなかった。
誰かが動けば即ち、『何か』が終わるような気がしたのだ。

蛇に睨まれた蛙の様に微動だ出来なかった男達の群れから、ようやく離れられた時、忍は無言のまま伏せかけていた顔を上げた。
消えることのない紅蓮の炎を宿す瞳だけが、忍の不屈の気高さをありありと表現しているようだ。
その目で真っ直ぐ射る先―――そこにはもちろんこの歪みきった王国の主が依然堂々たる風で居座っている。
逸らす事も無く忍を見つめ返しているようだ。
すっと忍が息を吸い込んだ。

途端に、

何かが、ぷっつりと切れた音がした。

「―――ほんまに散々な日や…」


それは静かな咆哮。

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