千世

「お手紙をもらった後、ずっと差出人を探していたの。中間テストが終わった日に、皆のノートを回収させてもらったの、覚えてる?」

零は小さく頷く。
テスト終了後、彼女は「皆がちゃんと授業を聞いてたか確認するために、ノートチェックを行います」と言い、生徒のノートを集めていた。まさか、手紙の差出人を探す意図もあったなんて。

「手紙の字を見ただけで、僕だと…?」

彼女の推測に、零は疑問をぶつける。
彼女は三年の古典だけではなく、他学年の授業もいくつか受け持っていたはずだ。それが仕事だとはいえ、一体何人分のノートを確認したのだろう。そもそも、手紙の差出人が生徒だとは限らないというのに。
首を傾げる零をよそに、彼女はなんてことも無いというふうに笑う。

「すごく綺麗な字だったし、百人一首に出てくる歌とはいえ、有名な歌とは言えないから。きっと頭のいい子が考えて書いてくれたんだろうなって」

一番最初に思い浮かんだのが降谷くんだったの。
彼女の言葉が嬉しくて、零はぶるりと身震いした。どうやら彼女は、その見た目からは想像もできないほど鋭い直感の持ち主らしい。

「まるで探偵みたいですね」

そう返せば、彼女は嬉しそうに目を細める。しかし、その顔はすぐに申し訳なさそうに歪んだ。

「私が「ラブレター欲しい」なんて言っちゃったから、書いてくれたんだよね。降谷くん、優しくて面倒見がいいから。気を使ってくれてありがとうね」
「……−は?」

彼女の予期せぬ言葉に、自分でも驚くほど冷たい声が出た。信じられない気持ちで、零は彼女を見つめる。
あれほど必死な思いをして選んだ和歌を、どうやら彼女は同情からくるものだと判断したらしい。熱く昂った身体が一瞬にして冷えていくのを感じた。

「職員玄関の靴箱に入ってたから、びっくりしちゃった。降谷くんて結構キザなことするんだね」

ちょっとどきどきしちゃった。
こちらの気などつゆ知らず、無垢な笑顔を向ける彼女。届かなかった想いに、零の身体がわなわなと震える。

「...なんだ、それ、」
「え?」

彼女の反応に、完全にタガが外れてしまった。

ガン!
彼女の後ろにある本棚に手を付き、彼女を自身と本棚の間に閉じ込める。互いの息遣いさえ感じるほど、顔と顔が近い。驚いた彼女の長いまつげがびくりと揺れた。

「ふ、降谷くん…?どうしたの?」

呼ばれた名前は、少しだけ震えている。今の今までただの生徒だと思っていた相手が、実は凶暴な“男”だったと気付いて怯えているのだろう。―そうだったらいいなと思った。

「さっきの言葉、撤回しますよ。貴女は探偵には向いてない」
「...? なんで、」

一度タガが外れてしまうと、自分でも手の施しようがない。何が“鋭い直感の持ち主”だ。そんな事を考えた自分に反吐が出る。

「…先生は先生なのに、思っていたよりお馬鹿さんなんですね」
「ど、どういう意味…?」

不安で揺れる瞳が、おずおずと零を見上げる。高校に入ってからも、零の身長は毎年のように伸びていた。こうして並んでしまえば、男である零の方がずっとずっと大きい。

「そのままの意味ですよ」
「ふる、」

最後まで言わせず、零は彼女の唇に自分のそれを重ねた。初めて顔を合わせたその瞬間から憧れた、小さな唇。柔く、甘い唇を堪能し、そのままぐいと舌を差し込んでやる。

「...んっ!」

急な口付けに驚いたのだろう。彼女は目を見開き、すぐに顔を逸らした。
耳まで真っ赤になった彼女は、まるで熟した林檎のようだ。唇を噛み締め、目を潤ませて一瞬何か言いかける。

「...、ッ」

結局彼女は何も言わず、零の腕をすり抜けて走り去ってしまう。
部屋に一人残された零は、ただただその場に佇むことしかできなかった。

 



「キスぅ?!センセーと?!」

マクドナルドに呼び出した親友にこれまでの事を話せば、景光は口に含んでいたコーラを吹き出さんばかりに驚いた。「あっちゃー...」と手で顔を覆い、大袈裟に溜息を吐く。

「まさかゼロがこんなに手の早い奴だとは思わなかったぜ…」

俺が聞きたかったのはもっとピュアな恋バナだってーの。呆れた様子でハンバーガーをかじる景光に、零も溜息をついた。

「…仕方がないだろう、春の嵐のような恋なんだから」
「え?なんて?」
「なんでもない。とにかく、これから僕はどうしたらいいんだろう」
「どうって…、」

ハンバーガーの包み紙を丸めながら、景光がんん...と首を捻る。

「正直、なまえセンセーの出方次第だろう。問題行動として学校や親を巻き込んで大事にするのか、それとも何事もなかったかのようにこれまで通り先生と生徒の関係を続けるか…」
「彼女が僕を好きになる可能性は?」
「...ゼロ、お前実は反省してないだろう」

景光の指摘に、零はぐっと歯を食いしばる。せっかく補習を利用して彼女に近づけると思ったのに、つい頭に血が上って短絡的な行動に走ってしまった。
しかし、キスした事を後悔しているかと言えば、そうでもない。教師と生徒という関係をぶち壊さなければ、零の気持ちはきっと一生彼女に伝わらなかっただろう。景光の言う通り、実は一ミリも反省していない自分に思わず笑ってしまう。

「とにかく、しばらく大人しくしとけって。幸か不幸かもうすぐ夏休みだし、センセーもゼロも一回クールダウンしたほうがいい。センセーの様子が知りたいなら、補習の度に俺が様子をメールするからさ」

景光のアドバイスに、零は渋々頷く。
これからしばらく、彼女には会えなくなる。零にとって、永遠のように感じられる夏休みが始まった。
 
(千世…千年、あるいは非常に長い月日)
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