先制

『なまえセンセーも他のセンセーも特に変わった様子はない。ところで「いとおかし」ってどんなお菓子のこと?』


夏休み。古典の補習を受ける景光から送られてきたメールに返信しないまま、携帯の画面を閉じる。ため息と共にベッドに向かって放り、そのままぼふりと自分も倒れ込んだ。夏の厳しい日差しに、舞い上がったホコリがキラキラと光る。
彼女に会いたい。
声を聞きたい。
そう思うのに出来ないのは、早まった自分のせいだ。

結局の所、彼女はあのキスをなかった事として扱う事に決めたらしい。学校から呼び出されることも親から怒られることもなく、零は高校最後の夏休みを砂を噛む思いで過ごしていた。
学校の課題も参考書も既にやり尽くし、最近は景光とギターの練習をするか、彼女の事を考えるかのどちらかだ。景光が補習に参加している今、零の頭は途端に彼女のことでいっぱいになる。

ぺろり、乾いた唇を舐めれば、それだけであの日の彼女の唇の感触を思い出す。
唇だけでなく、きっと彼女の他の部分も全て、柔くて甘いのだろう。ぐずぐずと蕩けそうな頭を抱え、零は「あー...」と呻く。

この今にも溢れそうな気持ちを、どうにかしなければならない。自慰は何度してもし足りず、精を吐き出せば吐き出すほど自分の中の知性まで出ていくような気がした。このままではまた馬鹿な事をしでかしてしまいそうだ。どうにかこの想いを発散しなければ。強いては彼女に想いを伝えねばと強く、強く、そう思った。

そして、一つ学ぶ事もあった。これまで自分に告白してきた名前も知らぬ女子生徒達。彼女らがどれほど苦しみ、告白に踏み切ったのか。その気持ちが、今は痛いほどにわかる。
自分の気持ちが相手に届かない、その辛さも。


選んだのは、今回も手紙だった。
シンプルな白の便箋に、万年筆で文章をしたためる。ブルーブラックのインクが、汗で湿気った紙にじわりと滲んだ。他人の言葉を引用した前回とは違い、今回は自分の言葉で書き始める。

『なまえみょうじ先生へ

耐え難い暑さが続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。屋内でも熱中症になると、テレビのニュースで見ました。お忙しいとは存じますが、どうかお身体には気をつけてお過ごしください。

この場を借りて、あの日のことを少しだけ語らせてください。
あの日、補習に参加したいと自分から言っておきながら、結局一度も参加しないままでいます。
正直に言えば、先生に合わせる顔がないからです。
あの日、国語科準備室で、先生に了承も得ないままあのような事をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

ただ、これだけはどうか言わせてください。
僕は、先生のことが好きです。
本当に貴女のことが好きで、前回の手紙を冗談だと思われた事が耐えられず、あのような行動をとってしまいました。ああでもしないと、この想いは先生には届かないだろうと思いました。もし、先生を傷つけてしまったらすみません。先生が望むなら、どんな罰でも受ける覚悟です。

ただ、先生は、自分が自分でなくなるような、まるで春の嵐のように激しい恋をしたことがありますか?
僕は今、その嵐の真っ只中にいます。

零』


(先制...先手を打つこと。先制攻撃)
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