Spring | ナノ
第33球
つまらない数学の授業が終わるのと同時に大きく伸びをすると、後ろの席に座っている降谷が俺の髪を引っ張って来た。
「…なに?」
「キミの髪、女みたい」
「判断基準がわかんねーよ」
「茶色い」
「そこかよ!」
それを言ったら伊佐敷先輩とか小湊兄弟とかはどうなるんだ。そもそも俺の髪はそんなに茶色くない。
文句は色々あるけど降谷の言葉に深い意味はないだろうから気にしないことにした。ていうかいちいち気にしていたらキリがない。
「(あれ?沢村だ…)」
何気なく教室を見渡してみると何故か隣のクラスの沢村が春市と話していた。何となく話題が気になったから聞き耳を立ててみる。
「今一軍の選手の数は18人…。その中で熾烈なレギュラー争いをしてるみたいだけどさ。夏の東京都大会の選手枠は20人。つまり夏までに2軍から2人の選手が選ばれるみたいだよ!」
「なっ…マジかよ!」
「うん!だから練習試合もさ…。いいアピールの場になるんじゃないかな」
全然知らなかった。2軍から2人の選手が上がってくるのか。こんなことを思うのは先輩たちに失礼なのかもしれないけど、本音を言えば
「沢村と春市に上がって来てほしいな」
「カニ玉食べたい」
「人の話聞いてる?」
腹の虫を鳴らしながらそう呟く降谷に小さくため息をついた。それにしても数あるメニューの中から何でカニ玉をチョイスしたんだ。北海道ってそんなにカニ玉美味しいのか?
「腹減ってんならこれやるよ。カニ玉じゃねーけど」
「おにぎり…?」
「眼鏡に持たされたんだよ。今朝も2杯しか食えなかったからさ」
「それって僕が貰っていいの?」
「俺腹減ってねーもん」
「ふーん…」
半ば押し付けるように降谷におにぎりを渡した。もっと食わなきゃ身体が出来ないってことはわかってるんだけど、いまいち食欲が湧かないんだよなあ。
「あ、おーい氷上!」
おにぎりを食べる降谷をボーっと眺めていると沢村に声を掛けられた。声でけーよ。周りの視線が集まって来てんだろ。
「俺の持ち味って何だと思う?」
何の脈絡もなくそう尋ねられて一瞬面食らった。が、答えはすぐに浮かんで来たのでそれをそのまま口に出す。
「ムービングだろ」
「…ムービング?」
どうやら沢村は何のことかわかっていないらしい。キョトンと首を傾げる沢村を春市が呆れたように見ていた。
「ああ!あの映画のことか!あれなら返しちまったからもうねえぞ!そんなに見たいならまた借りてくるけど」
「……え、何の話?」
意味がわからなくてお互いに首を傾げる。だけどこのままじゃ何も進展しなそうなので必死に考えた。
どうして沢村は映画とムービングを間違えたんだろう。………思い当たる節はないこともないけど出来ればこれは違うと信じたい。
「沢村…もしかしてムービングってムービーの仲間だと思ってる?」
「え?違うのか?」
もうどこから突っ込んでいいのか全くわからない。
「……あのな?名詞に進行形とかないんだよ!それに持ち味の話してんのになんで映画が出て来んの!どう考えても流れ的におかしいだろ!」
「名詞って何だ?進行形とは!?」
「そこから?!」
周りからクスクス笑う声が聞こえて来る。無性に恥ずかしくなったのでムービングの説明は諦めることにした。
「結局俺の持ち味ってなんなんだ?」
「…前向きなとこ」
「ほぉ…成る程…」
「(あと馬鹿なとこな)」
その言葉を言うのを必死に堪えていると沢村は満足そうに教室を出て行った。
「……持ち味か」
嵐が去ってすっかり静まった教室を見渡してホッと一息ついていると降谷が小さく呟いた。
「お前も興味あんの?」
「…うん」
「お前いっぱいあんじゃん。豪速球とメンタルとあと天然なとこ」
「天然?」
「降谷君が天然なら悠君だって十分天然だと思うけどな」
突如話に割り込んで来たのはさっきまで自席で読書をしていた春市だった。
「俺は天然じゃねーよ」
「天然ってどういうこと?」
「ほら。こんなこと真顔で言うヤツだっているんだぞ。俺はこんなこと言わないし」
「降谷君は天然って言うよりバカなんじゃないかな」
「…確かにそれも一理ある」
「(ガーン!)」
「埴輪かお前は」
目や口を丸くして固まる降谷に笑いながらやんわりつっこむと又しても不思議そうな顔をされてしまった。俺達って全然会話成立しねーな。
そんなことを話している内にチャイムが鳴ったので春市は自席へと戻っていった。俺は鞄から英語の教科書を取り出して机に置く。
「(そういえば俺の持ち味って何なんだろう)」
ちょうど後ろに降谷もいるし聞いてみようかなと思ったけど眠そうに目をパチパチさせていたからやめておいた。ていうか眠いなら授業じゃなくて休み時間に寝ろよな……
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