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第32球

あの日以降沢村の様子が変わった。ただ闇雲に練習するだけじゃなくて、皆の練習を見学することで沢村なりに野球を学ぼうとし始めたのだ。

あ、あとクリス先輩に必要以上に付き纏うようになった。あそこまでされるとちょっとウザそうだなと思ったけどまた色々と悩ませるのも嫌だったから口にするのはやめておいた。

「ここ良いですか?」

「…ああ」

朝食を持って席を探していたらちょうどクリス先輩の前の席が空いていた。他の空席が見当たらなかったのでそこに座らせてもらう。

「一軍の環境にはもう慣れたか?」

「いや…、えーと…ぼちぼちです」

「一軍の奴等は個性が強いからな…」

「……そうですね」

あれは個性なんて可愛いもんじゃないですけどね。と、言いたかったがなんとか堪えた。

「クリス先輩、最近沢村に懐かれてますよね」

「…あれは懐いてるのか?」

「懐いてますよ。クリス先輩から見て沢村ってどうなんですか?」

こうやって他人のことばっかり気にしていたらまた眼鏡辺りに何か言われそうだけど、幸い今は近くにいないので思いきって訊ねてみた。

「…素質はある。だが、まだまだ実戦で使うには早いな。足りないものが多すぎる」

「(おーすげ、素質認められてる)」

「氷上は投手をする気はないのか?」

「は!?な…何ですか急に」

危うく嚥下しかけていたご飯を吹き出すところだった。俺が投手…?いや、ないだろ。

「お前ほどの肩があれば投手としても大成出来ると思ってな」

「うわ…ありがとうございます。でも俺小心者なんでマウンドなんて立てません。それに俺、外野に憧れてるんです」

「…珍しいな。どうして外野に憧れを?」

「ああ…それは」

「あ〜〜〜〜!」

また遮られた。昨日から何か言おうとする度に誰かに遮られている気がする。

「……何だよ沢村」

「お前…どうしてそこに!」

「どうしてってたまたま席が空いて」

「まさかお前ひそかに投手狙ってたのか!?つーかいきなりクリス先輩に見て貰おうなんて生意気だぞ!クリス先輩に見て貰うためにはこの巻物のメ」

「あー待て待て。違うから。とにかく落ち着け沢村」

一人勘違いして突っ走る沢村を必死に宥める。ちょうど空いていた隣の席に座るよう促すと、沢村は不服そうに腰を落とした。

その日の夜。一人で素振りをしていると、いつの間にか夏坂先輩が近くに立っていた。

「先輩いつからそこに…」

「ちょっと前かな?にしてもお前フォーム綺麗だな。なんかアドバイスしようと思ったけど言うことないや」

「え…。いや、嬉しいですけど…」

アドバイスが無いっていうのはそれはそれで複雑だ。劇的に上手くなるってことがないわけだし。

それから先輩は何をするでもなく、ただずっと俺の自主練を眺めていた。なんだか申し訳なくて、予定より少し早く自主練を終わらせてしまったことは先輩には内緒だ。

「…氷上」

寮までの道をとぼとぼと歩いていると、先輩が静かに口を開いた。

「昨日ごめんな。いきなりあんな話しちゃって」

「え…何で謝るんですか?俺の方こそ大したリアクション出来なくてすいません」

「いや、別にリアクションを求めてたわけじゃないから良いんだ。聞いて貰ってすっきりしたよ」

言おうか言うまいか迷っていることがある。昨日のあの雰囲気ならすんなり言えたことだけど、これ以上この話を長引かせて良いんだろうか。

それに…もしかしたら無神経な発言かもしれない。人の気持ちを考えるのは苦手だからどう転ぶのかはわからないけど、でもこれだけは伝えたい。

「じゃあ俺ちょっと寄るとこあるから。先に部屋戻ってて良いぞ」

「……あのっ、先輩」

「ん?」

引き止めてしまった以上、もう後には引けない。俺は先輩の目をしっかり見て、口を開いた。

「俺は怪我をきっかけにマネージャーの道選んだこと、絶対間違ってないと思います。マネージャーの先輩にいつも助けられてます」

「!」

「先部屋戻ります。自主練付き合ってくれてありがとうございました!」

反応を見るのが怖くて脱兎の如く、その場から逃げ出した。

「おーい氷上!」

「……沢村。なに?」

「野球を学ぶために映画借りて来たんだけどこれから一緒に見ないか?」

「お、映画?見る見る!」

野球を学ぶための映画なんてあったか?と、少し思ったが沢村の目が異常に輝いていたから余計なことを言うのはやめにした。




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