Spring | ナノ
第34球
本日青道ではAグラウンドで1軍対帝東の試合が、Bグラウンドで2軍対狛代の試合がそれぞれ行われている。日曜日だからか沢山の記者や偵察が来ていて正直なところ大分うるさい。
現在帝東との試合は1回を終えて青道が3点リードしている。横学と戦って以来3年生の気合いが凄くて、この3点も伊佐敷先輩・キャプテン・増子先輩の3者連続2塁打で取ったものだ。
俺はスタメンとして1回から試合に出場している。1回では流石に俺まで打順は回らなかったけど次の回の先頭打者だから今から少し緊張する。
「すいません。ちょっとタイム」
2回表。好投を続けていた降谷がいきなりタイムを取ったので御幸先輩がマウンドに駆け付けていった。突然のことにギャラリーがザワつき始める。
「(まさか怪我か…?)」
声までは聞こえないけど眼鏡が降谷をベンチに戻るよう促しているのがわかった。降谷はベンチに戻り、代わりに丹波さんがマウンドに立つ。
「(そういえば丹波さん昨日の試合でも先発してたけど疲れとか残ってないのかな)」
そんなことを思いながら見ていたら初球のカーブが外角低めに見事に決まった。そのあともどんどん打者を打ち取っていく。
「オラオラ!外野ヒマでしょうがねぇぞ!なぁ氷上!」
「えっ、あ…はい!ナイスピッチです!」
「ちっとは打たせろや丹波ァ!けどパニくんなよ!」
「ヒャハ!どんどん調子上がってんじゃん!」
「ようやくエースの自覚が出てきたね。遅いけど…」
結局丹波さんは2回表をノーヒットに抑えた。いつか打席に立ってあのカーブを打ってみたい。紅白戦のときはバントしかしてないし。…っと、今はそんなことより次の打席に集中しないとだな。
「先頭出ろよ!」
「勿論です」
眼鏡からヘルメットを受け取って打つ気満々で打席に立つ。しかし監督からの指示はなぜかバント。……バント!?なんで!?俺打ちたい!!
「(言われたからにはちゃんとやるけどさ…)」
コツ…
どうやら下位打線である俺のセーフティーは相当意表をついたみたいで楽々と1塁に進むことができた。続けて飛んできたのは盗塁の指示。
「(俺試合で盗塁ってしたことないんだけど)」
とりあえずいつもより少しだけ大きくリードをとる。早く出すぎて挟まれたら意味ないし…かと言って遅すぎても刺されるし…。どのタイミングがベストなんだろう。
「(駄目だ!考えてもわかんねーし走っちゃえ)」
「…なっ」
「セーフ!」
かなりテキトーなタイミングで走ったけど判定は間一髪でセーフとなった。よし。
「……今あいつ投手が投げてから走らなかったか?」
「走ったな」
「走ったね」
「ヒャハハ!あいつ盗塁下手すぎ!」
その後ベンチに戻った俺を待っていたのはなぜか監督からの無言の圧力だった。
「………」
「(な…なんだこの沈黙)」
「氷上」
「はい」
「これからは盗塁の練習を最優先にしろ。それから人の盗塁をよく見ておけ」
「…はい」
この口ぶりからするとどうやら俺の盗塁は相当下手だったようだ。成功したと思ったのに…。
肩を落としながらベンチに腰を下ろす。すると隣から何やら黒いオーラを感じ、そちらを見ると降谷があからさまにムスっとしていた。やっぱりさっきの交代が不満だったんだな。わかりやすすぎ。まぁでもこの様子だと肩を痛めたわけじゃなさそうだしとりあえず一安心……って待て待て待て!
「お前手から血出てんぞ!」
降谷の指先から血が出ているのに気付いてそう言うと、降谷は何のこと?とでも言いたげな顔付きで俺を見た。
「手見てみろって!」
「あ…忘れてた」
「どうやったら忘れられんだよ…。早く手当した方が良いんじゃねーの?」
「別にこれくらい…」
「化膿したらどーすんだよ。お前がやらないなら俺がやるから手見せて」
「…うん」
それにしてもボール投げただけで爪が割れるなんてことあるんだな…。あの剛速球って全体重を指先に集約して投げてるんだろうから当然といえば当然かもしれないけど。
「なんか…お母さんみたい」
「いやいやいや。そこはせめてお父さんって言って。お母さんじゃ性別変わっちゃうから」
「…つっこむとこそこ?」
「うるせーよ。…ほら終わったぞ。これからはちゃんと手入れしとけよ」
「うん。…あ、そうだ」
「ん?」
「ナイスラン」
「嫌みにしか聞こえねーよ」
そうこうしている内に2回の攻撃が終わったようで先輩たちがベンチに戻って来た。次はまた守備か…。どうやらさっきの盗塁は失敗してしまったみたいだし名誉挽回のつもりで頑張らないとな。
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