雨模様 | ナノ
第28話

この試験を受け始めたときの私にとっては不合格になることは死ぬこととほとんど同義だった。

家族以外の繋がりなんて持ち合わせていないからあの場所に帰れない状態で次の試験まで生きていく術がない。不合格になったら冗談抜きで死んでしまう気がして、必死に一発合格を目指していたのだ。でも、それも全部過去の話。

いつからだろう。辛いはずの試験が楽しいと思えるようになったのは。もっと続いてほしい。家に帰りたくない。今の私はそんな風に思うようになってしまった。親不孝だとは思うけど、一度思ってしまったらもう止まらなかった。まだ帰りたくない。もっと自由を楽しみたい。我ながら贅沢な願いすぎて呆れてしまう。

「あ、の…喜べない理由が本当に…最低で…話したら、たぶん引かれてしまうと…思うのだけど…」

一応前置きをしてみたが、キルアはそれを聞くと「はー?今更引くことなんてねーよ」と自分の顔の前で手を振った。

「お前の人間性が歪みまくってることくらいとっくにわかってるっつの!」

「…え?そ、うなの?歪んでたの…」

「あのな、フツーの人間は殺人現場に遭遇したときに加害者側の心配なんかしねーの。指摘しても何がおかしいかわかってなさそうな顔してたし、自覚ないみてーだけどお前の感性相当やばいぜ?」

あの飛行船での出来事を言っているんだろう。あの時の反応をキルアはおかしいと言うけれど、私には何がおかしいのかさっぱりわからない。分からないことがさらにおかしいのであればキルアの指摘通り私の感性は「やばい」のだろう。

「どんな状況でも…キルアの方が心配に決まってる…それがおかしいなら、私はおかしいままでいいよ…」

「〜〜!そーいうとこだよ!とにかく!何言われても驚かねーから理由言えよ」

僅かに赤くなり不貞腐れたような態度を示すキルア。気に触ることを言ってしまったのか聞きたい気持ちもあったけど、それは後回しにしてまずは理由を話そう。

「もし受からなかったら…どこかで…その日凌ぎの生活することになるんだけど、…でも時々キルアに会えるかなって、思って…」

「!な、…」

「家に帰ったら、たぶん、…もう会えないから、せめて1年だけでも…そんな生活してみたかった」

生活が苦しい家族を放置することになってもキルアに会いたかった。本当はもっともっと長い間一緒にいたいと思ってしまっているのだけど、それはあまりにも贅沢が過ぎるから、せめて1年。ずっと一緒にいろとは言わない。時々でいいんだ。そんな生活を想像したら、楽しそうで、夢みたいで、つい不合格を望んでしまったのだ。

「………合格したらオレと会えなくなるから素直に喜べねえってこと?」

「…そ、う」

整理されるとあまりにも浅はかな願望で恥ずかしくなってきた。羞恥に耐えられなくて俯いていると、頭上から深い溜息が降ってくる。

「バーーーカ!」

「っ、痛た……え、」

ゲンコツ、された…?い、痛い。割と本気で痛くて両手で頭を押さえ、ほんの僅かに非難の気持ちを込めてキルアを見上げた。

「お前オレの話聞いてたか!?」

「話って、なんの…」

「今後のことはお前が自分で選べって言っただろ!選択権はお前にあるのになんで一生あの家で暮らすことになってんだよ!」

「っ、それは…」

言葉に詰まる。家に戻る選択が心の底から望んでいることじゃないのは自分でもわかってる。だけどあんな家でも私にとっては唯一の居場所なんだ。

居場所を捨てて頼りのない場所で一生一人で生き抜けというのか。そんな覚悟、こんな短期間で持てるわけがない。

「…考えた結果、自由な時間は…1年…あればいいって思った。それで、満足できるように…沢山思い出作ろうって」

「オレはぜっってーームリ」

「え………」

「1年なんかじゃ全然足りない」

一瞬、たとえ1年に数回でも私と会うのが嫌だという意味だと思って悲しくなったがそういうわけじゃなさそうだ。1年じゃ足りない?とは…?キルアの自由時間はキルアのものだし、流石にそこまで干渉する気はない。

「あ、…うん…?キルアは…もっと長く自由を楽しめば…いいんじゃない…かな?」

「はぁ!?そうじゃなくてお前といる時間が」

「ゴン対ハンゾー!始め!」

審判の声にハッとする。ついつい話し込んでしまった。次はゴンの試合だ。キルアとゴンは仲が良いしきっと試合もちゃんと見たいだろう。

「あ、ゴンたちの試合始まるね」

「……別に見なくてもいいけど」

「え?」

「とにかく!そのまま家に帰るのは却下!1年で帰るのも却下!もっと別の方法考えろ!」

指をビシッとこちらに向け今まで考えたことを全否定されてしまったが、そんなことは瞬時にどうでもよくなった。

それよりもゴンの試合を見なくていいと言ったキルアに驚いた。2人の間に何かあったのだろうか。この隙間時間に話さなきゃいけないことは私のことではなくて2人のことだったのかもしれない。




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