アロォハ(消火後)

 海よりプールより、屋内に籠った方がいい。とても暑い。リオはガロと一緒にサーフィンへ行ったし、ゲーラとメイスはどこか行ってしまった。ピーチパラソルの下で寛ぐにしても、暇。買ったジュースは飲み干したし、喉もカラカラになる。(ちょっと、買いにでかけたい)一人で日焼け止めを塗っていると、ガロの声が聞こえた。大きい。人の名前を呼ばないで。
「おーい、ななし! 海に入らねぇのか!?」
「いきなり叫ぶなッ! って、お前一人なのか?」
 驚いたリオに、二人が去った方向を指差す。ガロにツッコんだりして大変だな、本当。そう思ってたら、リオが眉を下げた。
「そうか」
「だったらよ、一緒に遊びに行かね? サーフィンとか教えてやれるぜ!」
「いい。そこまで体力ないし、喉渇いた。荷物番、頼める?」
「あぁ。いいが、大丈夫か?」
「うん。日焼け止め塗ったし」
 ラッシュガードっていう防水性のパーカーを羽織って、同じく防水性のポーチを体にかける。斜め掛けってヤツをすれば大丈夫かな? 密封性を少し確認する。ペチッとジッパーの凸部分を指で挟みこんでいると「おぉ」とガロが息を吐く。なんか、感動しているみたいだな。「コラッ」とリオが隣で諫めた。ポカッとガロの頭を叩く。試しにパーカーのチャックを上まで上げたら「チェッ」と唇を尖らせた。隣でリオが呆れる。
「いい眺めだったのによぉ」
「お前なぁ。それ、失礼なことだぞ。本人の許可を取ってからにしろ」
「いいか?」
「ダメ」
「チェッ」
「ほら見ろ」
 フンッとリオが胸を張ってふんぞり返る。そういっても、あまりないんだよなぁ。説得力。アロハシャツだし、頭にサングラス乗せてるし。本当浮かれすぎ。ガロとは柄が少し違うだけで、ほぼデザインがお揃いだ。
(ゲーラとメイスとは違う)
 アロハシャツを着ていることに変わりはないけど、それぞれデザインが違う。二人の趣味が丸出しだ。荷物の番をガロとリオに任せ、飲み物を買う。「ついでになにか要る?」と聞けば「コーラ!」リオは「スプライト」と答えた。あったかなぁ。販売店を探す。海の家みたいなところがあったら楽なのに。ちょっとそれっぽいところに入る。すると「らっしゃっせぇ!」「らっしゃい!」と威勢の良い声が聞こえた。元気がいい、って。
「なんでゲーラとメイスが?」
「あっ」
 私の姿を見て、二人が固まった。よく見れば、この店のエプロンを着ている。「バイト?」と聞けば口を真っ直ぐ横に結ぶ。そろーりと店の奥を見てから、ガバッと私の肩を抱いた。左肩にゲーラの右腕、右肩にメイスの左腕。何気にクロスしている。
「おい、ななし! 今、金ぇ持ってるか?」
「少々やらかしてしまってな? 一〇ドルあればいい!!」
「なにをやらかしたの? まぁ、あるにはあるけど」
 ちょうど手持ちの全財産。あとは荷物の中だけだ。そう告げたら、二人の顔がパァっと輝く。いったい、いつまで拘束されていたんだろう。「はい」と渡すと「よっしゃぁ!」とゲーラが小さくした体からガッツポーズをする。メイスが心の底から安心したように「助かる」といった。ダッシュで店の奥に入る。カウンターが開かれているから、店の人と話しているのも丸わかりだ。店主にお金を渡してから、エプロンも渡す。ダッシュで私の方に走ってきた。
「助かったぜ!! いやぁ、お前が来てくれなかったら、どうなっていたことやら」
「またタダ働きをさせられるところだった。いや、本当に助かったぞ」
「なにをしていたの?」
「うっ、んにゃ、別に」
「といっても、聞き出すまでするんだろう?」
「うん」
 はぁ、とメイスが溜息を吐く。ゲーラにポンッと肩を叩かれて、店の外へ出された。二人も店から出る。なんか、もう入りたくもなさそうだ。苦い顔をしている。
「で、なにかあったの?」
「んにゃ、実は、その。ぐっ」
「どこから話せばいいものか」
 ゲーラはむにゅむにゅと唇を動かして、メイスは迷っている。「リオにも話せないことなの?」と聞くと「うっ!」と言葉を詰まらせた。いったい、なにをしたんだ。
「もしかして、きぶつはそん?」
「ちっげぇよ!!」
「寧ろ逃げられたくらいだ」
「『逃げられた』?」
 同じ言葉で返すと、メイスが目を瞑る。グッと眉間に皺も寄せた。代わりにゲーラが困った顔をして、空を見上げる。
「喧嘩、売られたんだよ。バーニッシュだからって理由でなぁ」
「なまじ顔が売られてないからな。元マッドバーニッシュの幹部として、割れたわけだ」
「でも、リオは無事だったよ?」
「そりゃ、あの火消し野郎といるからだろ」
「あれだけで火除けになるからな。効果テキメンだ」
「じゃぁ、ゲーラとメイスは?」
「そりゃぁ」
「売られた喧嘩は買うモンだろ」
「それで逃げられた挙句、店の弁償をさせられてたんだ」
「ぐっ!!」
「いうな」
「で、足りたの?」
「足りてりゃ、こんなところで働いてねぇだろうがッ!」
「タダ働きで補っていたわけだ。まっ、ある意味良心的な処置だな」
「ふぅん」
 で、最後の足りない額を私のお金で補ったと。ムッとしてしまう。そのお金、どこから出てくるの? 口を開いたら、二人に手を打たれる。
「あー、わぁるかったって。この借りはどこかで返すからよ」
「きっかり一〇ドル、ちゃんと覚えているさ」
「本当に?」
「おう。本当だとも」
「なにかほしいものがあったら、買うぞ?」
「喉が渇いた」
 なにか飲み物、というと「わかったぜ」とゲーラが返す。チラッとメイスを見た。
「俺か」
「知ってそうだろ?」
「否定はせんが、面倒な役を押し付けてくるな」
「この借りはどこかで返すからよ。頼むぜ?」
「はー、やれやれ」
 ぞんざいに疲れた振りを見せて、メイスがどこかに行く。「俺たちはあそこで涼もうぜ」といって、店から少し離れたところに行った。
 ゲーラに手を引かれて、ヤシの木の下に連れてかれる。アロォハ、だ! マジマジと木に生える実を見てしまう。「ヤシの実ジュースでも飲むか?」と聞いてくるので、うんと答える。なんだかサッパリとして、美味しそうだ。「わかったぜ」といってゲーラが離れる。私をヤシの木の下に置いて、どこかに行ってしまった。
(メイス、気付くかなぁ)
 三角座りで膝を抱えて、頬を預ける。多分、三人分だろうな。ゲーラはどうだろう。一人分かもしれない。それを三人で分けるのかな? あっ、リオとガロにも連絡取らなくちゃ。
 スマートフォンを取り出す。リオの連絡先を探す。そうしてたら、知らない人に声をかけられた。数人。なにをいってるかわからない。視線を合わせて覗き込もうとしてきたら、突然頬を蹴られていた。見ればもう一人も倒れている。見上げると、ゲーラがいた。ジュースカップを持っている。なんか荒っぽい言葉を吐いて、こっちにきた数人を追い払う。なにをしにきたんだろう。「チッ!」と腹立たしく舌打ちをするゲーラからジュースを受け取り、一口を飲んだ。んっ、ジューシー! 頬を綻ばせていると、ゲーラが隣に座る。
「油断も隙もありゃしねぇ」
「飲む?」
「おう」
 喉が渇いてイライラしているんだろうか? 試しにストローを見せれば、素直に頷いてくる。そのまま近付けたら、ちゅうっと一口を飲み始めた。ゴクンとゲーラの喉が動く。ペロリと舌なめずりをした。
「んっ、美味ぇな。ぼったくりも伊達じゃねぇ」
「ぼったくりだったんだ」
「多少な。マイアミのビーチから離れた店の方が、まだ良心的だったぜ」
 それか裏路地だな。と話すゲーラに、なんか遠くを感じた。ヤシの木の下で、ジュースを飲む。ゲーラはなにもしない。ボーッと海の方を眺めている。私も時々海の方を見るけど、波打つさざ波と砂浜に落ちる夕焼けしか見えなかった。リオもガロも、戻ってるんだろうな。少なくなったジュースを飲んでいると、メイスが戻る。
「そんなところにいたのか」
「おう。遅かったな」
「当たり前だ。探すのに少し苦労したぞ」
「少しだろ?」
 ニヤニヤと笑うゲーラに、メイスがムスッとする。なにもいわないまま、それぞれに飲み物を渡してきた。ゲーラは水で、私も水、メイスも水だ。全部水。
「全部水?」
「フレーバーは違うぞ」
「ふぅん。飲む?」
「あぁ、いただこうか」
 ゲーラと同じようにストローを差し出したら、メイスも飲む。隣でゲーラが苦い顔をした。いったい、どんなフレーバーを引いたんだろうか? あとで一口貰えることってできるかな? 私もあげたんだし。って、あっ。
「そういえば、どこで買ったの? お金は? 無一文じゃなかったの?」
 全額払ったとすれば、買えるお金はないはずだ。この質問に二人はキョトンとする。そしてお互いに別の方向に視線を逸らしながら、私を見た。
 ゲーラは小さく首を傾げ、メイスは人差し指を口に立てる。
「秘密だな」
「秘密だ」
 なんだか、嫌な予感がする。ヂューっと残りのジュースを飲んだ。


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