ゲーラとメイスとバレンタイン

──せっかくだ。
 バレンタインといえば『愛の日』である。このロマンティックな日に、仲を深めたいと思う男は少なからずもいる。ゲーラもその一人だ。慣れないことをしているせいか、その足取りに迷いが生じている。
(えーっと。アイツの好きなもんは)
 どれだったか、とズラリと並ぶ食品棚の前で立ち止まる。バレンタインデーが迫っているせいか、どれもバレンタイン一色だ。ハートの形もあればマッチョ、熊を象ったチョコレートもある。どれも共通しているのは、赤やピンクのパッケージだ。迷路をかけたチョコレートも、ドル札を模したパッケージのもある。
(コイツは、あんまりだな)
"HUG ME" やら "KISS ME" と書かれたラムネから離れる。ななしは食べ物に書かれたメッセージに気付かない。せいぜい"HAPPY ……" と続く文字だけである。それも、ただの記念日だと捉える。
(誤解されちゃぁ、堪んねぇからな)
 同じ限定品でも、チョコレートの方がいい。ゲーラは自分の直感に従って、商品を選ぶ。ななしは甘いものがいいだろう。バーニッシュの頃に食べれなかったものだと、尚いい。高いものはどうか。いや、その前に少し食べ慣れたもので味を見させた方がいい。ついでに風船も買って喜ばせるか。
 そう作戦を練りながら歩くと、一軒の花屋が見えた。
「あー」
(そういや、この日だとジュエリー。宝石の付いたアクセサリーも送るんだっけか?)
 正直、ななしがジュエリーを身に付けるのは容易くない。渡したとしても「手がゴツゴツする」「高いと瑕が付きそう」と不安を零すのだ。なので普段からは身に付けないだろう。しかしゲーラとしては、普段から身に付けてほしい。瑕がついても構わないものであれば、負担は少ないか。
(ついでに、アレも買うか)
 陳列棚に並んだぬいぐるみの圧縮も思い出す。あの辺りだとななしは喜ぶだろう。それと懐も今ので厳しくなってきた。ななしの事情もある分、小さい宝石で普段使いのできるものであれば、良いか。そう考えて、ゲーラは食料の買い出しを終えた。花屋に並ぶ。既に店の前には、バレンタインデーに因んだ花がズラリと並んでいた。傘立てみたいな筒のバケツに何本もの赤い花が突っ込まれて、消費者の需要を満たしている。やがて店員が気付くと、ゲーラに用件を尋ねた。
「あー」
 花屋に入ってしたものの、いざ買うとなると恥ずかしくなるものである。自分の面子とななしが喜ぶかどうか、そして自分の面子。ヒートアップする頭の中で、ゲーラはグルグルと考えた。
(あ。アイツ、間違って食っちまいそうだな)
 一回、花弁の砂糖漬けを食べたことがある。それで、渡した花も調理してしまうに違いない。少し唸ったあと、ゲーラはある花筒を指差した。
「アレを一本だけ。頼むわ」
 ななしが花を贈る意味を知るかどうかは知らない──ならば、試験的に一本、渡した方がいいだろう。
 一人花屋にいる状況で、ゲーラは恥を忍んで真っ赤な華を一つ、買ったのであった。

──また一方で。
 バレンタインの日といえば、恋人の日である印象が強い。実際、男が女へ物を贈るイメージも強い。それもそのはず、たかが祝日を口実にして一緒に過ごしたいからだ。慣れた手付きで、メイスは食べ物を選ぶ。
(こういう日でないと、食わないだろうしな)
 質の保証された値段の高いチョコレートをカゴに入れ、食べ親しんだものを買う。その商品もまた、バレンタインデーに因んだものになっていた。途中で特大サイズのものがあったが、ななしが食べきれるとは思えない。それに途中で溶ける。ななしの腹とチョコレートの具合から、メイスは却下した。
 どうせ自分も食べるのだから、とキャンディも入れる。たかが祝日、一緒に過ごすための建前だ。なら、一緒に飲み食いできる方がいい。
(たまには、高い酒でも飲むか)
 ななしにも飲めそうなワインをカゴに入れる。ついでにナッツ入りのチョコレートも買う。酒のツマミも大体揃った。足りない場合は、手料理で賄うか。
(風船は、いいか)
 そこまで喜ぶほど子どもじゃないだろう。しかし、まぁ。
(アレと一緒に贈りつければ、喜ぶか?)
 実際に目にしたことはある。そして目の前に見本はある。だが直球すぎないか? メイスの中で、グルグルと思考が回る。そんなに悩むメイスを横に、一人の客が見ていた商品を買った。赤い風船を膨らませ、赤と白のポンポンを風船の結んだ先に添える。それから紐の代わりに造花のバラのツルを巻き付かせて、テディベアに握らせた。赤と白のハートをたくさん持たせる──。
 その商品が作られていく過程を、メイスはジッと見ていた。
 ハートを持ったテディベアが袋に入れられる。袋にはバレンタインデーに因んだメッセージが黒字で印字してあり、その袋の口からは風船が浮き出ていた。
 プカプカと浮かぶ。
 メイスは今きた客が去ってから、店員に尋ねた。
「なぁ、あの商品、別のテディベアでもできるか?」
 駆け寄ったメイスに、店員は "YES" と頷く。ならばできる。そう踏んだメイスは、ヌイグルミ売り場に入った。人気商品は品切れか品薄になり、そうでもないものは残る。けれども、メイスの目にしたものはまだ残っていた。
「あった」
 値段も高いせいか、手に取る者も少ない。それが逆に好機となった。
 手にしたテディベアがどこも汚れてないかと確認したあと、メイスは先の場所に戻る。風船を入れた店員のところである。そして先に見た商品と同じものを作ってくれと頼むと、すぐに代金を払った。
 風船の浮かぶ紙袋を片手に持つ。テディベアの形が崩れないといけないので、ワインやら入ったものとは別の袋に入っている。
 手提げの袋と口を折っただけの紙袋。まだ手持ちには余裕はある。持てる荷物にも余裕はある。
 メイスは花屋に立ち寄り、華を数本、注文した。
「すまない。この、真っ赤な方を三本、包んでくれ。あぁ、すぐに渡すから包むだけでいい」
 そうして真っ赤な華を三本買った。

──そして当日。
 同じ女を好きになってしまった以上、被るのは仕方がない。ゲーラはバラを一本携え、メイスはバラを三本携えていた。どちらも真っ赤なバラだ。買ったチョコレートの種類は被ることもあり、片方が不要としていたものをお互いに補い合う形になっていた。
 ──メイスは風船を不要だと感じ、ゲーラはワインを不要だと感じる──。
 その結果、バレンタインに贈る一通りのものは揃ってしまった。互いに買った単価の高いものも、同じである。
「おい、ゲーラ。そいつは」
「ブ、ブローチだよ。そういうメイスこそ、そいつぁ」
「酒だ。それもとびっきり高い。これで今月はカツカツだ」
「それはこっちだって同じだぜ」
 負けじと返すゲーラに、同調を見せる。
「まぁ、そうだろうな。細工も精巧だし」
「おう」
「ブローチか」
「二回いわなくてもいいだろ」
「いや、別に」
 どうとも思ってない。そうメイスがジト目で返そうとしたとき、ななしが帰ってきた。当の受取人である。「ただいまぁ」と声をかけ、玄関を閉める。鍵とチェーンをかけたあと、リビングに直行した。
「ただいまぁ、って。あれ」
「おう、おかえり」
「ハッピーバレンタインだ」
 先に口に出したメイスに「あっ!」とゲーラは驚く。信じられなさそうに、恨みがましい目をメイスに向ける。そんな視線をどこ吹く風で、ななしの様子をメイスは見ていた。
 肩を震わせるゲーラと、いつもと変わらない様子のメイス。そしてリオがいない。
(ヤバイ、どうしよう。鍵閉めちゃった)
 ななしの不安はそこにあった。
(あ、でも)
 パーティーの様子なら、どこかに出かけていることもある。とりあえず、ななしは聞いてみた。
「えぇっと、ボスって?」
「出かけてる」
「今日中には帰らないつもりだ」
「へぇ、そう。ところで」
 ──帰らないのならば、鍵をかけたとしても問題ない。きっと鍵を持参していることだろう──。そう思い直したななしは、テーブルの上にあるのを見る。
「これは?」
「だぁから、ハッピーバレンタインって、いったろ」
「知らないのか?」
「うん。チョコレートを貰う日とかあげる日だと思っていた」
(遠からず当たらず、だな)
 ななしの返答に、二人は同時に同じことを思う。そして自分たちの用意したヌイグルミを見た。
 ゲーラはユニコーンで、メイスはテディベアである。どちらもバレンタインデーの限定仕様になっている。
(普通、こんなのを選ぶか?)
 とは互いに思ったことであり、口に出さなかったことでもある。「バレンタイン」と呟きながらななしはリビングを見渡した。
「すごいね。こういうことをするんだ」
「おう、まぁな」
「どのくらい飾り付けをするかは、個人によるがな」
「へぇ。これ、皆で食べるの?」
『これ』と指差されたものに、二人はキョトンとする。ななしの指したものは、ゲーラとメイスの用意したものだ。
(正直、全部お前一人でといいたいところだが)
「あー、うん。まぁ、そうだろうなぁ」
「一人で食いきれない場合は、ふむ。まぁ、食べるな」
「そうなんだ、へぇ。勉強になった。ところで、お酒?」
 ジッとテーブルの上にあるワインに、ななしは警戒心を高める。大抵、酒を飲むと碌なことになりはしない。その碌なことを漁夫の利だと考えるメイスは、ななしにそのワインを見せた。
「あぁ、一級品のワインだ」
「いっきゅうひん」
「滅茶苦茶高いらしいぜ。メイスの財布が飛ぶほどにな」
「あぁ、おかげで残り二週間はカツカツだな」
「そんなに。じゃぁ、味わって飲まないと勿体ないね」
「あぁ」
「ついでに、俺からはコレな」
 神妙に頷く傍らで、流れるように渡す。ゲーラが見せたそれに、ななしは目を丸くした。
「それって?」
「あー、じゅえりー」
「ローズクォーツだな。バラの華に加工したものだ」
「へぇ、すごい。すごいね。固い」
「ついでにこれもな」
「バレンタインの定番だからな」
「他のヤツからは貰うんじゃねぇぞ」
「うん。ところで、食べれるの?」
「食べれねぇよ」
「残念ながら、食用ではない」
「そっか」
 じゃぁ、どうしよう。とななしが肩を落とした。その落胆ぶりに、ゲーラとメイスは慌てる。
「あぁっと、飾る。飾ればいいんじゃねぇのか?」
「そうだな。いざとなれば押し花にしてしまえばいい。ドライフラワーってヤツだ」
「どらい?」
「あー、それは後で調べるとしてで、だな?」
 ななしの肩を引き寄せ、ドカッとソファに座る。ななしの両手にあったバラも奪った。一本に纏める。
「とりあえず食おうぜ? チョコは山ほどあるしよ」
「うん。それは?」
「花瓶かなにかに挿しとく」
「今やった方がいいだろう。ちょっと待ってろ。グラスのついでに持ってくる」
「うん。それと」
 キッチンに向かうメイスにななしは振り向く。
「これ、誰かにあげるの?」
「お前の」
 そう簡潔に返すと、ななしの目が輝いた。テディベアとユニコーンに手を伸ばし、胸に抱える。
「すごいね」
「おう。それ、痛くねぇのか? トゲ」
「うん、そこまで気にならない」
「気にならねぇのかよ」
「痛かったら外しておけ。どうせ天井に当たるだけだ、心配ない」
「うん、わかった」
 といいつつ、風船を繋ぐ造花を解く気配はない。するするとツルを手繰り寄せて、浮かぶ風船を引き寄せる。「あい、らぶ?」たどたどしく書かれたメッセージを読む声に「あー」とゲーラは呻く。言葉足らずのことであるから、きっと説明は上手くできないであろう。
 そう考えながら、メイスはグラスを三つ手に取る。ついでに細長い容器に水を入れてから、それも携えてリビングへと戻るのであった。


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