ボスは二人のいる時機を見計らって単刀直入に聞く

 ある日、ななしがいない時機を見計らってリオは聞いてみた。幸い、ゲーラとメイスの二人はここにいる。
「なぁ」
 禁煙のチュッパチャップスを舐めていた二人がムクリと顔を上げる。
「お前たち、いったいいつからななしが好きだったんだ?」
 その質問にゲーラとメイスの体が大きく跳ねた。わかりやすい反応である。二人の顔から脂汗が滲み出るものの、視線の行く先は違う。ゲーラは真っ直ぐリオを見つめ、メイスは目を泳がせていた。質問者の顔を見て真偽を確かめる者と、返答に困る者。この二者の違いを見て、リオは口を開いた。
「大体、僕と出会う前から好意を抱いてたりしなかったか?」
「そ、それは、っすね」
「説明が難しいというか、なんというかですね」
「敬語。やめてくれるって話だったろ。確か、僕の出した条件はそれだったはずだぞ」
 ぞんざいにソファに凭れかかり、リオは足を組み直す。一人掛けのソファで寛ぐリオとは正反対に、三人掛けのソファでゲーラとメイスは項垂れていた。ガシガシと今にも頭を掻きそうな勢いである。クッと二人の口にあるチュッパチャップスが上を向いた。
「一緒に暮らすのなら、僕を対等な一個人の人間として扱うこと。まずは昔のように敬語を使うことをやめることから始めるなら、といったはずだぞ」
「そ、それは。そうだったな、おぅ」
「あぁ、わかってるとも。ただ」
 メイスが舌の上で飴を転がしながら、棒を歯で止める。
「その、リオの質問に驚いただけだ」
「そんなに変だったか?」
「なんか、気に障ったのかよ」
「いや、いい加減ハッキリさせたくてな」
 しどろもどろに探りを入れるゲーラに、リオは溜息を吐く。肘掛けに肘を突き、垂れた手の甲に顎を預けた。
「お前とメイスの視線とで、ななしに好意があることはわかっていたが。どうもななしの向ける好意は違うように感じる。そこのところは、どう思っているんだ?」
「どう、といわれてもよ」
「あぁ」
 答えに迷うゲーラの視線を受け、メイスは頷く。そのやり取りを見て、リオは眉を顰める。
「なんだ? 情報共有をしているのか? 同じ女を好きな癖に」
「す、好きで好きになったわけじゃねぇ」
「同じ女を好きになったというか、たまたまだ。たまたまの話だ」
「ふぅん」
 咄嗟に否定を述べた二人に、リオは瞼を伏せる。ジト目だ。ゲーラの指は口にある棒を咥え、メイスはライターを探し始めた。
「それ、煙草じゃないぞ」
 疑うリオの指摘に、ゲーラとメイスの体がまた大きく跳ねた。無意識の反応である。煙草で動揺する気持ちを落ち着かせようとしたのである。頭をクリアしようとした行動が逆に動揺を際立たせる要因となった。驚いた口から、小さくなった飴が落ちかけることとなった。
 慌てて口を閉ざす。
「同じ女を好きになったのが、たまたまねぇ」
「リオ。先にいっておくが、俺は他人の女を盗る趣味はないぞ。大体修羅場になる」
「っつぅか、先に好きになったのは俺の方だっつーの」
「好きなのか、ななしが」
 リオの質問に、ゲーラは視線を逸らす。無意識で対抗意識を出したものの、逆に仇となったようだ。気まずそうに視線を床へ落とす。
「じゃぁ、先に好きになったのがゲーラで後から好きになったのがメイスということか」
「そう単純じゃない話ですって。あ」
「敬語」
 リオにも指摘され、メイスはいい直す。
「大分崩した感じにいえば、そう割り切れるほど簡単な話じゃないということだ」
「そうか」
「俺の方だぞ。先に好きになったのは」
「ゲーラはそればかりだな」
「それしか確かなことはないってことだろう」
「煙草、吸ってしまったらどうなんだ?」
 スッとチュッパチャップスの手元を風から隠したメイスに、リオはそういう。煙草のように棒を口で遊ばせたゲーラもまた、リオに視線を上げた。
「僕の方からは黙っておくぞ。ななしには」
 禁煙を告げた主体の名が、リオの口から出る。その緘口令を見て、二人は恐る恐る隠し持った煙草を出し始めた。ゲーラは尻ポケットから出し始め、メイスはソファの隙間から煙草を出し始める。どちらも紙はクシャクシャだ。そのクシャクシャのケースに入った煙草もまた、曲がっている。
 指で真っ直ぐ煙草を伸ばし、口に入れ始める。用済みの棒は、ゴミ箱の中へと消えた。
 ボッと火が付き始める。
「いつ好きになったかなんて、知らねぇよ」
 開口一番にゲーラが口に出す。メイスから借りた火を本人に返し、浅い一服を口に蓄える。
「いつのまにか、ほっとけなくなったんだよ」
「そうか。で、メイスは?」
 続けるリオの質問に、メイスは脳に黒煙を満たしながらいう。
「似たような感じだな。目が離せなくなっていた」
「なんだ、二人とも。結局似たような感じじゃないか。期待して損をした」
「うるせぇ」
「現実は小説より奇なり、の例だな」
「それ、笑い事じゃないぞ。で、告白したのか? 自分の思いを伝えたりとかさ」
 自身の膝に肘を置き直したリオを見て、メイスは考える。どうやら話の重点が最初と変わっている。頬杖を突き直したリオに、メイスは尋ねた。
「もしや、興味半分に話を聞いているんじゃ」
「ないぞ。興味深いことになったなとは思っているけど。で、したのか?」
「したのは、したけどよ」
 ジト目でなにかを言いたげなメイスとは反対に、ゲーラは口を開く。素直に言い出したものの、視線は絶対にリオに向かない。寧ろ視線が合うことを避けている。
「ちげぇんだよ。なんか、妙に。アイツのいってることと、俺のいってることが」
「そうか。で、どのようにいったんだ?」
「んなの」
 クッとゲーラの咥えた煙草の先端が下がる。唇を尖らせ、頬に紅が少し浮いていた。
(他人の惚気なんざ、聞きたくないものだな)
 そうメイスは辟易しながら、ゲーラから視線を逸らす。濃いタールとニコチンの濃度で、肺と脳を満たす。
「『好き』とか『愛してる』とか、んなチンケな言葉だよ」
「そうか。で、相手の返事は? ななしはどう答えたんだ?」
「んなの、自分も好きだーってモンだよ」
「そうか。それは良かったな」
「問題は、その内容だ」
 いてもたってもいられなくなったメイスが口に出す。だが視線はリオの方を向かない。ゲーラと同じように視線を合わせないようにしている。
「俺たちがどんなに『好き』だとか『愛してる』だとか愛の言葉を囁いたとしても、本人は別のものに受け取る」
「あぁ。本当、それな。ガチでアイツ、本当、そういうところがよぉ」
「難攻不落だな」
「で。その難攻不落に手を出したと?」
 とうとうガシガシと頭を掻き出したゲーラと紫煙を吐き出す量を増やしたメイスに、リオは静かに尋ねた。ピタッと二人の動きが止まる。スッと煙草から燻る紫煙だけが、二人が息していることを示唆していた。リオは追求しない。不満をぶちまけたゲーラは、ジリジリと床へ落ちかける灰の危うさを見るだけだ。
 ポロリと長い灰の橋が落ちかける寸前で、メイスは口を開いた。
 溜まった白煙を吐き出し、灰皿代わりのペットボトルに吸い殻を落とす。
「いつからだ」
 重く静かに尋ねるメイスに、リオは口を開く。
「大体、バーニッシュを狙った嫌がらせが終わったくらいかな。その頃から急に余所余所しくなったし」
「よっ」
「誤解するなよ。ゲーラ。何やら物々しく隠し事をするようになったな、と思っただけだ」
 それに出たときと入ったときとで、部屋の匂いも変わっていたし。とリオは続けていう。それにゲーラとメイスの視線が外れた。リオから床や壁へ目を落とす。思い当たるところはあるようだ。
「それで気を遣って、なるべく家を空けるようにはしたんだが。余計なお世話だったか?」
「そ、そいつぁ」
「逆に、気を遣ってもらって悪かったな、という感じだ」
 いいよどむゲーラとは反対に、メイスは謝罪を断定する。その返答に「そうか」とリオはまた答えた。
 沈黙が室内に沈む。ただ煙草から燻る紫煙だけは、モクモクと天井に昇った。
 先端が細くなる。燃える煙草の量が少なくなり、不燃焼物だけが巻紙の中に残った。
 燃えカスをペットボトルに捨て、新しく一本を取り出す。
「で? 他には」
「まだなんかあるのかよ」
「あぁ。ゲーラには悪いがな」
 話を促したメイスの横で、ゲーラは項垂れる。これ以上暴露したくはないゲーラの前で、リオは単刀直入にいいきった。
「ななしの『好き』とか『愛してる』の意味だ。なんか、僕もその辺りはちぐはぐのように感じていてな。こう」
 リオの突き出した人差し指が、互いに噛み合わない形で指の根本にかち合う。
「お互い意味の通じていないような」
「ぐっ」
「拗ねるなゲーラ」
 言葉に詰まるゲーラの腹を、メイスが肘で小突く。咥えた新しい一本に火を付け、火種を灯しながらメイスはいった。
「俺の考えで説明するとするなら、なんだ。こう」
「あぁ」
「こう」
 口調とは裏腹に、メイスの頭が段々と落ちる。手だけが、先と変わらずふよふよと浮いていた。
「なんでぇい。やっぱ手前ぇも、納得してねぇじゃねぇか」
「うるせぇ」
「なんだ、いったい。二人だけで納得してないで僕にも説明しろ」
「そりゃぁ」
 メイスの代わりに言い出したゲーラが、口を噤む。代わりにまた視線を泳がせた。これにリオの怒髪天が巻き始める。「なんだ」と強い口調で睨みつけるようにいえば、躊躇いがちにゲーラが口を開き直した。
「認めたかねぇが、どうも。アイツぁわかってねぇみたいだ」
「わかってない、か。具体的にいうと?」
「俺もメイスもリオも、同じように仲間として見ているって感じだ」
「それで体の関係になるわけねぇだろうが、クソッ」
「そうか。なんか、大変なんだな」
 流石にメイスの悔しがる様子を見てか、リオは同情の声を上げる。しかし、それで疑問が解決したわけではない。自分に向けられるななしの感情を整理してから、同じように現状の情報を整理する。
「つまり、家族愛や仲間に対する愛情と、似たようなものか」
「そういうことだ」
「それ以外の理解を持たないというか、持てないというか。クソッ」
「メイスでここまでとは。余程の難問なんだな」
「おうよ。滅茶苦茶だぜ」
「先が見えなさすぎて、反吐が出るほどにはな」
「でも、好きなんだな」
 その問いに、ゲーラとメイスは沈黙を守る。"Silence is golden." "Some things are better left unsaid." 沈黙でしか話せないこともある。
 往々にして否定を繰り返した二人のこの態度を見て、リオは溜息を吐いた。
「なるほどね」
「誤解してんじゃねぇぞ」
「まだ諦めたわけじゃないからな」
「なにを?」
 ──なにを諦めたというのか──。この質問に、ゲーラとメイスはサッと目を見合わせた。そして視線を元に戻す。
「別に」
「リオには関係のないことだ」
「ふぅん。同じ屋根の下に住む仲間だというのにか」
「それとこれとは話が別だ。お前の口出すことじゃねぇ」
「この問題はきっちり俺がケリをつける」
「いや、俺がどうにかする」
「ゲーラ。お前、口で説明するのが下手だろ」
「うんにゃ、感覚的にどうこうやりゃ伝わんだろ」
「それで全く、アイツの理解が追い付いていないことも、わかっていっているのか?」
「わかった。とりあえず、メイスの教育が水面下で進んでいるんだな?」
「リオ! 俺だってそれなりにはやってるつもりだぜ!?」
「なにをだ?」
「なにをっていわれたら、その。説明するにゃぁ、難しいけどよ。その、色々とだ! 色々!!」
「俺たちだって苦心しているんだ。そこを、藪から棒に突かれたら敵わん」
「まぁ、考えている最中に口出されたら、誰だって嫌がるもんな。そこのところはわかる」
「俺だってやってるぞ」
「わかってる、ゲーラ」
「あぁ。お前で助かったっていう場面は、数え上げても切りがないからな」
「あ? そうか? んなにあるのかよ」
「あぁ、お前が自覚していないだけでな。ったく」
 事の難問さを示すように、メイスの吸う量が増えていく。クシャッと髪を掻き上げるようにして頭を抱えたあと、吸い終えた一本を空の容器に捨てた。
 ペットボトルに吸い殻が溜まる。メイスはまた、新たな一本を咥えた。
「要らん首を突っ込むなよ。リオ。悪いが、お前がしゃしゃり出ると余計に事態が悪化する」
「とりあえず、俺たちへの気持ちを理解させることが大優先だからなぁ。ったく、調子狂うぜ」
「そうか、大変だな。男女の恋模様ってのは」
「そんじょそこらの恋模様とは違うぜ、リオ。こんな奇妙な関係、お目にかかったこともない」
「っつうか、改めて考えりゃぁ。どーいう雲行きだ。これ」
「知るか。ゲーラ。俺にだって分からんこともある」
「で、結局のところはどうしたいんだ?」
「んなの、ななしの気持ち次第ってとこだろ」
「その本人が、マトモに俺たちの気持ちを理解できないってのが問題となる」
「それで。とうとう一線を越えたのか」
 ボッと火のついた煙草を吸い込んだゲーラが、深く紫煙を吐き出す。
「やっちまうだろ。本人苦しそうだったしよ」
「物の弾みとはいえ、協力と助力を懇願されたしな」
「ふぅん。奇妙な関係になったもんだな」
「俺ぁ、ななしが気付くまで手を出さねぇつもりだったんだがね」
「手が出せなかったの間違いだろ。このヘタレめ」
「あん?」
「手を出す出さないはともかく、ななしが他のバーニッシュに人工呼吸で炎を分け与えることを、全力で阻止していただろ。お前ら」
「そりゃぁ」
「好きな女が他の連中にしているところを見て、腹立たしく思わないわけがないだろ」
「確かに。それはわかるな。嫉妬心ってヤツか?」
「そうともいう」
「っつぅか、んなのありえねぇだろ。逆に別の方法をくれてやるよ」
「ゲーラのは、また別のを行くな」
「俺たちが双子みたいだといわれても」
 ふぅとメイスは紫煙を吐き出す。
「中身は別物なんですよ。違う男だ」
「ふぅん。また、ななしにいわれたのか。それ」
 その場面に鉢合わせたリオは、簡単にそう聞いた。これにメイスとゲーラはまた沈黙を作る。先の肯定とは異なる。これは、いくら取り繕っても余計に誤解を招くから黙るしかない、という空気で作られたものだ。
 淀む空気に、リオはまた溜息を吐く。
「大変だな、お前たち」
 そう言い残して、テーブルに残るチュッパチャップスに手を伸ばした。
 新品の封を開く。白と水色で作ったサイダー味を眺めたあと、それを口に入れた。
「まぁ、僕の胸に仕舞っておくとしよう。成就するといいな。どちらにせよ」
「成就、ねぇ」
「結局、ジジババになっても変わらんような気はするが」
「それはそれで凄いな。純情だ」
「純情だったら雪崩れ込まないだろうが」
「そりゃごもっともだぜ」
「まぁ、あまり他人様にいえたようなものでもないしな。アレだったら、僕が神父でも務めようか?」
「遠慮しておくぜ」
「そもそも、結婚できるかなんて夢のまた夢だからな」
「先が短いな。まぁ、結婚だけが全てじゃないからな」
「っつぅかよ。どうしてリオに人生相談を持ち掛けてんだよ」
「知るか。勝手にリオが話し出したことだぞ」
「僕はそもそも、お前たち二人にななしのことをどう思っているかって聞いただけだぞ。なんだ」
 ゲーラとメイスと同じように、ソファへ深く凭れかかったリオがいう。
「そんなに人生の根幹に関わっていたのか。お前たちにとっては」
「うるせぇ」
「頭痛が酷くなるからやめてくれ」
「ハハッ、いい気味だ」
「なにがだよ」
「腹心の部下だった男二人が、ようやく腹の内を曝け出してくれたことについてだ」
「うるせっ」
「こんなみっともないところを、一回りも離れた年下に、見せられるとでも思ったか?」
「確かに。でも、恥を忍んで僕に見せてくれたことには感謝するよ。本当にな」
 そう繰り返し頷いて、リオは強調した。
 口に入れたチュッパチャップスの棒を指で挟んで、クルクルと飴を回す。ボーッと空を見上げれば、重く重なった白灰の雲が天井に覆い被さっている。絶えずゲーラとメイスの口から出る紫煙で作られたものだ。まるで、阿片窟のようにいるようだ。
「大変だな、お前たち」
「あぁ。おかげで新たな扉を開いた」
「開いてねぇぞ。俺ぁな」
 そうだらけてゲーラが否定したところで、当の話題の中心になっていた人物が帰ってきた。過去に受けた古傷を開いた悪影響が、今も体に残っている。ぐわんぐわんと響く頭の痛みと吐き気とで廊下を歩くと、嗅ぎ慣れた匂いに気付く。これに心当たりがあると気付いた途端、重い足取りが速くなった。過去に受けた苦痛が遠のき、現在に意識が焦点する。
 バッとリビングに足を踏み入れると、燻る紫煙で目に痛い惨状になっていた。
「あぁ、ちょっと! あんなに禁煙してっていったのに!!」
「うるせぇ」
「ちょっと黙ってろ」
 リオと話していた内容は一切いわず、ななしの嘆きを二人は一蹴した。


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