ココアミルクと紫煙のドーナツ

 あれから色々とあって復興のためにバーニングレスキュー隊に入ることになった。とりあえず今日は非番で勤務を要さないけど、他のみんなと違って私は疲れたのだ。
 インカムをテーブルに置く。もしものときはそれが大声を出して教えてくれる。二四時間勤務と『神はいった。人間は八時間働くべし』との真逆のタイムスケジュール。別に仕事が辛いわけではないが、仮眠で六時間半というのが、結構キツい。但し、出前を取った料金が全て費用で落とせるのは最高か。
 ゴロンとベッドに横になり、深く溜息を吐く。
(ボスは、確か、みんなと一緒に出掛けたんだっけ)
 確か、ガロ・ティモスとかいう青年と一緒に出掛けたはずだ。ボスは元気だ。疲れ一つも見せていない。ちゃんと休んでほしいと思う一方、ダウンしたのは私の方である。
 深く息を吐く。ベッドに深く沈みこむが、一つだけ気になることがある。
 ゲーラとメイスが人のソファを占拠しているのだ。灰皿をテーブルに置き、プカプカと煙草を吸っている。おかげで天井がヤニで黄色く汚れそうだ。
「やめて」
 小さくいうけど、二人は気付かない。のっそりと起き上がり、スリッパを履く。重い足取りでソファに寄り、背凭れに腕を乗せる。
「やめてよ」
 わざわざ人の家で……。そう目で訴えるものの、ゲーラとメイスはこちらを見ようとしない。
「ヤニが切れたんだよ、ヤニが」
「やることがない」
「ならボスと一緒に行けばよかったじゃん」
 ガロ・ティモスが一緒だから大丈夫だとは思うが、一人より二人、二人よりは三人の方が心強い。けどゲーラとメイスはなにもいわない。
「ちょっと」
 声をかけるがしれっと目を逸らすだけだ。二人の肩を擦る。咥えた煙草を指に挟んで、ズレる煙草を支えた。
「あの」
 問いかけても答えようとしない。
(もしかして、なにかボスに……)
 いわれたのかな、と思うけどボスがそんなことをするわけがない。ボスは心優しいのだ。だからゲーラやメイスが、私が付いてっても受け入れてくれる。一緒に散歩とか見回りとか買い物を楽しんでくれるのだ。
 だからボスの可能性はない。じゃぁなんだというんだ。
 ゲーラとメイスの肩を擦る。
「あの」
 見ての通りなにも答えないので、私から切り出す。
「そもそも、病人の部屋で吸うものじゃないと思うんだけど」
「そうだ。お前が倒れちまったのがわりぃんだぞ」
「だから俺たちはボスに見舞いを言い渡されたんだ」
「ふぅん」
 本当かなぁ。そう疑問に思うものの、二人は答えない。ボスに気付かれたことを除いては、私が体調の悪いことなど、誰にも喋ってない。
 深くソファに凭れる。相変わらず、二人はプカプカと煙草を吸っている。
「じゃぁ、別にいいよ。元気になったから」
「嘘つけ」
「そういうときは、大抵無理をしている」
「俺たちを欺けると思うなよ」
「じゃぁ煙草やめてよ」
 せめて吸うのはやめてくれ。そういうと、スーッと深く煙草を吸った。そして深い煙を出す。もくもくと、灰白っぽい。
「断る」
「暇なんだよ」
「じゃぁ、禁煙やってみたら?」
 疲れて深くソファに凭れると、ゲーラの頬が膨らむ。それから口を窄めて、プカプカとドーナツの輪っかを出した。ドンドンと大きくなる。横からもう一つ大きなドーナツが浮かんだと思ったら、メイスもプカプカと大きなドーナツを作ってた。
 それを、煙草が燃え尽きるまでやる。短くなると、ゲーラとメイスは灰皿に押し付けた。
 煙草が消える。二人は口を押さえた。
「うえ……。クソ気持ち悪ぃ……」
「おい、なにか甘ぇもん……甘ぇもんはねぇのかよ……」
「ココアならあるけど」
 ゲーラの要求に代案を返すと、その手が止まる。代わりに手の甲と額に支えられた頭がコクコクと頷いた。そんなに酷いのか……。よく見れば、メイスも項垂れている。膝に額をつけているおかげだろうか、メイスの長い髪が床に伸びていた。もう満身創痍じゃん。そう思いつつ、キッチンに向かう。
(これじゃぁ、どっちが病人やら)
 少なくとも、過労で倒れた私よりも彼らの方が重症っぽそうである。
 ココアを少ないお湯で溶き、ミルクを入れる。クルクルとマドラーで掻き混ぜて冷たいココアミルクを作ったあと、二人に持って行った。
 テーブルに置く。カップの存在に気付いた二人が、ムクリと重く顔を上げた。メイスに至っては、髪の長い女の人の幽霊を思い出しそうで怖い。
「すまねぇ……」
「助かる……」
「煙草の本数、減らした方がいいよ」
 そういうと、二人は黙ってココアを飲んだ。


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