正月の朝(消火後)

 シンシンと降り積もる。くぁとゲーラは欠伸をして起き、メイスは半ば寝惚けながら身体を起こした。パチパチと瞬きをする。ちょうど、先に起きたななしがやってきた。
「ア・はっぴー・にゅーいやー!」
 バッと手を広げ、抱擁を求める体勢だ。その口から出た流暢と慣れなさが出る発音に、二人は目を鈍く瞬かせる。「ハッピー」「ニューイヤー、ねぇ」──A HAPPY NEW YEAR≠ェ実は正しい。寝惚けて素直な反応しか出さない二人に、ななしが続ける。
「あのね、こういう日には開いてると思って、お店に行ったんだけど」
「おー」
「行ったのか」
「なんか、旧正月だからそれほど揃えてないって」
「売ってなかったと」
「この時期に特別なのを売りに出すなんて、殆ど見かけないからな」
「なんか代わりになるの、買ってきた」
「おい」
「俺は知らんぞ。その作り方なんぞ」
「大丈夫。ちゃんと教えてもらったから」
 フンスと胸を張るななしに、ゲーラとメイスは一抹の不安を覚える。いつのまに、そこまで他人と話せるようになったのか。正確にいえば、コミュニケーションという意志疎通を取れるようになったか、である。
 寝惚ける二人に背を向けて、ななしはキッチンに戻る。いくら寝起きとはいえ、台所の様子は不安だ。激戦地か戦場になってないかを確認しに、二人はのろのろと起きる。室内は温かい。マンション全体を温める管のおかげだ。ゲーラの首が上へ反り、くぁと大きく欠伸をする。ポリポリと腹を掻いた。メイスはアイマスクで沈んだ前髪を上から抜き出し、ポニーテールにした髪を解く。パカパカとスリッパが床に沈んで音を鳴らす。キッチンに入ったななしは、作った料理をテーブルに並べた。意外と激戦区にも戦場にもなっていない。
「これはニェンガオ。っていうお餅で、食べれる。ちょっと辛いけど、豆板醤が味噌の代わりになるから使った」
「新年の始めを辛いもので一発、ねぇ。中々洒落てるじゃねぇか」
「唐辛子で身体の内側から温めると。フッ、バーニッシュだった頃を思い出す」
 ジャパン料理でいうところの味噌汁から、ふわりと唐辛子の匂いが香る。その中に鰹節が入っていた。きちんと削り節にしたものであり、珍品である。「次にこれ」ななしが他のものを指す。
「タイでは豚肉とか小エビとか食べるらしいから、なんか縁起に因んだのを買う」
「他の店にも行ってたのかよ。なんつーか、見慣れねぇモンが多いな。おい」
「縁起に因んだもの、か。それはいったいどういうものなんだ?」
「わかんない。なんか、覚えてる限りので。これは黒豆の代わりで、出汁巻きの代わり」
「はっ? 紅茶と、なんか卵を巻いたモンか? 綺麗に端を切り取ったと見えるが」
「食べた」
「あ? 食べたのかよ」
「ゲーラ。これは普通の紅茶と違うぞ。香りが、一般的なものと異なる」
「マジか」
「というわけで、正月料理ができた。食べて」
 本当は栗きんとんも食べたかったけど。とななしはいうが、ゲーラとメイスには心当たりがない。ここまでスラスラと異国のことを話す方が、珍しいからだ。一先ず、テーブルに着く。ガタッと椅子を引いた。「まっ、今年一年は色々とありそうだな」ゲーラは目を閉じたまま、緩く背を曲げて座る。「だな。槍が降るとかがなければいいんだが」メイスは心配半分不安大部分を呟き、自分の席に座る。ななしが最後に自分の席に座った。
「おもち」
「おっ、元の調子」
「なんだったんだ。今のは」
 単語一つで済ませたななしに、各々そう思う。異国の言葉を話すのは、案外難しい。ななしは真っ先に疲れた脳を労わるべく、餅に手を伸ばした。唐辛子の香辛料が、自分の知る味噌ではないと警告を発する。それを無視して食べれば、ピリッと辛い味がきた。「からっ」それでも味噌の味はする。ズズッと汁を飲んだ。
 それを見て、ゲーラとメイスも食べ始める。「おっ、から」「本当だ。中々癖になる」「お高い」「高いのかよ」「これは財布と相談だな」そう話しながら、正月の朝の食事を始めた。


<< top >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -