1997(消火後)

 休校などにより牛乳の消費量が大幅に下がったため、積極的に消費しようと旨の啓発が回った。「牛乳をたくさん飲むといいんだって」「一度生産を縮小すると、数を戻すのに苦労するからな」「んじゃ、今度買ってくっか」ゲーラの発言に、メイスの目付きが鋭くなる。ミスの一つも許さないかのようにいった。「まだあるだろ」言及するメイスにゲーラが肩を竦める。「あっても問題ねぇだろ」楽観するゲーラに、メイスはまたしても噛みつく。「問題ある。第一、賞味期限や消費期限の問題があるだろう」「加熱すりゃぁ大丈夫だろ。確かに、出しっぱなしはよくねぇが」「でもナマモノだし、危険だと思う」ななしにいわれては、返す瀬もない。グッと黙るゲーラは、身体を動かす。ソファに深く凭れ、床に足を伸ばした。コツン、とテーブルの足を蹴る。ポケットを弄り、煙草を取り出した。ライターを探す。「でも、買って応援はいいかもしれない」そうななしが指示する立場を示せば、ピクリとゲーラが止まった。「こら」と諫めるメイスの声も聞こえない。火を灯さない煙草を咥えた状態で、ゲーラが寛ぎ始めた。
 それから半日、外に出たゲーラが牛乳を買って帰ってきた。紙パック一リットルの代物ではない。プラスティックのボトルに牛乳二リットル、それを二つだ。これにメイスは激怒した。
「ゲーラッ!! 昨日買うなといったはずだろ!?」
「いいじゃねぇか! これからシチュー、クラムチャウダーにスープ、ドリアにグラタン、クリーム煮と使いこみゃぁ一発だろ」
「他の材料費も頭数に入れろ! 第一、作るにも手間がかかるだろう」
「ぐぅ! そ、そりゃあそうだがなぁ!! そんときは、適当にチャチャッと作る」
「本当か? タバスコとか入れないだろうな?」
「ばっきゃろう。キューバ料理に牛乳を使う料理はねぇよ。あっても少ない程度だ。ガキにも食べやすいもんよ」
「どうだか。甘党の国だと甘さが足りないんじゃないのか?」
「だったらお前は甘党の出身かよ? メイス。だったらお砂糖たんまりと入れてやらねぇとなぁ?」
「なら俺はお前のにシロップとたくさん入れてやろう。歯がキィンと痛くなるくらい、たっぷりのな」
「んなにたくさんいらねぇよ」
「俺もだ。虫歯になりたくないからな」
「今からホットミルク作るの?」
「おう。その予定だぜ」
「どこからどう飛んでそうなった。で、マスターシェフは材料に何を使うつもりなんだ?」
「マスターシェフなんて、やめろや。柄にもねぇ」
「ただのノリだ。砂糖はどれくらいがいい?」
「こっちがいい」
「三温糖か。良いチョイスをしているぜ」
「肉を柔らかくするために使うヤツか。ジャムや煮込みにも使えるヤツだったな?」
「だぜ。とりあえず、鍋で作るか」
「かたてなべ!」
「片手鍋、だな。おいおい、そんなにたくさん飲むのか?」
「飲むんだよ。どうせ、最後に酒を入れるしな」
「それは名案だ」
 メイスの目の色が変わる。ななしは『酒』の一言に視線を上げたが、気にしないことにした。どうせ、微々たるものだろう。ゲーラの料理を信じる。そう易々と乱暴に酒を一瓶丸ごと入れるような輩でもない。無法者と違うのだ。ななしのオーダー通り、砂糖を大匙数杯分入れる。「入れすぎじゃないか?」「こっちの方が美味いんだよ」「温まってないのに?」「冷たいうちに入れると、膜ができにくい」ゲーラの豆知識も入る。
 グルグルとヘラで掻き混ぜ、コンロで熱しながら砂糖を溶かす。ザラザラとした食感が少なくなれば、頃合いだ。ゲーラは手で合図する。ちょいちょい、となにかを寄越すよう指示した。
「ウォッカでいいか?」
「真面目にやれ。ウォッカにミルクは似合わねぇだろ」
「ならテキーラだ」
「ますます合わねぇよ」
「ラムなら?」
「ギリだが、それでも合わない」
「はぁ、仕方ないな。ほら、リキュールだ」
「おうよ。スイーツの王様といやぁ、コイツだからな」
「そうなの?」
「知らん」
「よく使われてんだろ。後ろの表示とかに載ってるぜ」
「へー」
 そうなんだ、とななしは心中で呟く。ふと、ゲーラの手元を見る。蓋を開けられたリキュールの瓶は、どばどばと砂糖やシロップで調整した混成酒を吐き出していた。これに、ななしは硬直した。どう見ても、アルコールの度数が高まっている。
「なんか、多くない?」
「あ? 砂糖と牛乳とでちょうどいいだろ」
「あぁ、スピッツだからな。ブランデーやジンを用いることもある。きっとそれだろう」
「その、砂糖の甘味」
「そういやぁ、香草だか果実だかナッツ系とかでリキュールの種類があったな。それも試してみるか」
「いいな、牛乳割りも一興ある。使い尽くすか」
「その前にお腹壊しそう」
 ななしの未来予知は、二人の耳に入らなかった。


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