喧嘩をした後も囲い込む(消火後)

 切欠は些細なことであるが、ゲーラとメイスにとっては些細ではない。見落とせないところだった。小言が明らかな注意となり、頭ごなしに否定する。その怒鳴りつける声に「知らないっ!」とななしが泣きながら返したっきり、部屋から出ることがない。あの口論から二時間が過ぎた今も、ななしは顔を見せることがなかった。トイレへ行こうとすらしない。
 オロオロとゲーラがななしの部屋の前で歩き回り、ノックをしようか躊躇う。メイスも時たま様子を見るが、ななしが出てこない様子を見ると、リビングに戻った。ゲーラは壁に寄り掛かる。そこから一時間が経過しても、ななしは出てこなかった。とうとうメイスも痺れを切らした。
 のろのろとななしの部屋の前に行き、閉ざされた扉を見る。ゲーラに目配りをすれば、首を横に振られた。(駄目だ。全然出てこようとしねぇ)はぁ、と落胆の色が見える。(そうか)とだけメイスは視線で返した。軽く頷き、閉ざされた扉を見る。中からは、カチャカチャという音しか聞こえない。メイスの到来で腹を括ったのか、ゲーラは動いた。
 乾いた口内で唾を飲み込み、喉の調子を確認する。「あー」小さく声を出すと、軽く扉をノックした。コンコン、と音が鳴る。
「ななし、その、なんだ。さっきは悪かったよ。俺たちも言い過ぎた」
 きまりが悪そうにいうが、一向に返事が返ってこない。カチャカチャと音がするだけだ。これにゲーラは、ますますバツの悪そうな顔をする。コン、とだけ小さくノックをした。
「なぁ、悪かったよ。せめて、顔だけでも見せてくれねぇか?」
 流石に数時間も顔を見せないと、不安になる。落ち着かない様子を見せるゲーラに、ななしは未だに反応を見せない。これにはメイスも待ちくたびれて、動いた。
 纏めた髪から曝け出した項を掻き、心持ちノックを強めにする。コンコン、と先より音が廊下に響いた。
「おい。謝っているだろう。無視をするな」
「お前は謝ってねぇだろ」
「さっき俺の分も一括して謝ってくれただろう。第一、アイツはそれで拗ねるようなヤツじゃない」
「あ? さっきのやり取りで拗ねて出て行っちまったじゃねぇか!!」
「出て行ってはないだろう。部屋に引き籠もっただけだ。まぁ、これで俺たちが謝ったという前提はできたわけだ」
「そうかよ。俺ぁそうとは思えねぇがねぇ。現に、ななしは出てきてねぇしよ」
「それはこれからだろう。この様子だと、なにかに夢中になっているようだぞ。声が聞こえんのだろう。もう少し大きめに行くぞ」
「やめろ!! 扉が壊れちまうかもしれねぇだろうが!」
「もうバーニッシュじゃあるまいし、壊れることはないだろう。それに、そこまでボロ小屋じゃないぞ? ここは」
「けど、建付けが悪くなっちまう可能性もあるだろ! 俺は嫌だぜ、追加で修繕費用が来るのは」
「俺もだ。なら、心持ち強めに」
 中指の第二関節を曲げて突き出し、一点集中する。コン、と扉に当たった振動が骨に響いた。続くノック音に、ようやくななしが気付く。ヘッドフォンを外した先に、ゲーラが動いた。
「あー、なぁ、ななし、出てこいよ。お前の好きなモン、用意してるぜ?」
「用意してないだろ」
「今から用意すンだよ!! だから、早く出てこないとなくなっちまうぜ? なぁ」
「そう物で釣るのは、どうだか」
「るっせぇ! 仕方ねぇだろ。他にやりようはねぇんだし」
 よ、とゲーラがいう前にドアノブが動いた。自然と、固唾を飲む。ドクドクと心臓が脈拍を打ち、緊張で息を止める。ギィと扉が開くと、中からななしが様子を覗いてきた。
 先の様子と比べ、怒っていない。手にゲーム機を持っていた。
「なに? 今、いいところなんだけど」
 よく見れば、画面がPAUSE¥態になっている。これらを見て、一気にゲーラとメイスは脱力した。自分たちの今までは、杞憂だったということである。
「おっ、お前なぁ!」
「はぁ、ゲームをしていたとは。呆れたもんだな、まったく」
「えっ。なんでそこまで呆れられなきゃいけないの? それに、まだ怒ってるんだからね」
 プイッと顔を背ける。腹を立てているものの、話に応じてくれるなら好都合だ。ななしが部屋へ戻る前に、ゲーラが腕を掴む。「まぁ、話し合おうぜ」「俺も悪かったからよ」リビングへ連行する。「そうそう、俺も悪く思っている」「まぁ、お互い改良できる点を探そうじゃないか」とメイスもどさくさに紛れて、侘び入れた。「本当?」ななしは不審に思う。
「騙したりとか、しない?」
「しねぇよ」
「真心を込めて、お互い譲れる点を探し合うだけさ」
「胡散臭い」
 歌詞に載せるような言葉を吐いたメイスに、ななしは疑惑の目を向ける。二人の横にいるからこそわかる、見慣れたやり取りだった。大抵、こういう囲い込みは相手へ自分に有利な交渉の場に持ち込むときだ。ななしも負けじと張り合う。
「じゃぁ、これが終わったら」
「いいぜ。リビングでな」
「そのあと、たっぷり話し合おうじゃないか」
「なんか嫌な予感がする」
 ななしの予感はピッタリ当たった。


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