キスをお願い(メイス)

 所用を思い出して立ち上がろうとすると、ななしがメイスの服を掴む。この感じだと、引き止めたいのだろう。それに従い、メイスは座り直した。それでも、ななしは口にしようとしない。自ら仕掛ける気分ではないメイスは、直接尋ねた。「なんだ?」ななしは答えようとしない。恥ずかしそうに、もじもじするだけだ。これに可笑しさを感じて、喉の奥で笑う。「どうした。いわないとわからないぞ?」これに否定で返されても構わない。何故なら、当人が仕掛けない限り、そういう気分じゃないからだ。二度聞かれて、ギュッとななしは目を瞑る。メイスの服から手を離し、両手を伸ばした。キュッと引き締まった真一文字の唇が気になる。「あ、あの」おどおどしく言葉が紡がれる。それは恐怖というより、恥ずかしさによるものだった。
「そ、その」
 言葉を探すように、むにゅむにゅと口を動かす。それでも脳が思った以上に働かないのか。回らない頭で、ななしは要求を紡ぎ出した。
「き、キスして」
「了解した」
 そう簡潔な要求に簡潔に答えて、メイスは応えてやる。スルッとななしの両腕に入り、震える唇に自分のものを重ねた。緊張しているものの、潤んでいる。一度だけした状態から軽く角度を変え、もう一度口付ける。(リップクリームの代わりになりそうだな)乾燥した唇に湿り気が帯びてくる。軽く啄み、吸い付き、焦らすように口端に落とす。こうした積み重ねが、身体の芯から力を奪った。熱で惚けたななしの全身から、力が抜ける。ズルズルと落ちる身体の重力に従い、メイスも体勢を変えた。ななしの上に覆い被さる。服を脱ごうとしたら、ななしが止めに入った。
「ま、待って。今、そういう気分じゃない」
「は? セックスは嫌で、キスだけがしたいと?」
 機嫌が一気に急降下したメイスの低い声に、ななしがコクコクと頷く。すっかりその気になっていたメイスは、頭を抱えた。額を押さえ、遠くを見やる。(面倒臭ぇ)しかしながら、巷ではこれを可愛らしいとか清濁飲み込む恋人がいるという。(そういうのは『惚れすぎ』っていうものじゃないか?)浮かんだ考えに、自分で疑問を加える。ともかく、今のメイスには無理な話だ。そうできる人間たちほど、自分は相手から満たされたものを貰っていない。相互の関係が良好だからこそ、できる話だ。無知な相手だと、我慢ばかりを強いられる。
 メイスはななしの顎を掬い、真っ向から否定をした。
「ダメだな」
「えぇー」
「お願いをするなら、お願いもされるだろう?」
「なんかよくわかんない」
「ギブアンドギブってことだ」
「ことわざでいうと?」
「No pain no gain∞Mans shall not live by bread alone=v
「なんかお腹空いてきちゃった。パン食べたい」
「お前なぁ」
「ねっ、メイス。ちょっと出かけない?」
(デートの誘いか?)
 スッと両手を伸ばすななしに、疑惑の目を向ける。しかしながら据え膳を強要された身としては、お釣りが出るくらいだ。少し考えて、頷く素振りを見せる。「仕方ないな」ななしから降り、出掛ける準備をした。
「で? 出掛けるとしたらどこがいい。カフェか? 近くのバーか?」
「デリみたいなところで、あの、ダイナーみたいなところ?」
「了解。ステーキでも食いに行くか」
「すてーき」
「テキサスだと見かけるアレだ」
 そうピンポイントにいうが、行ったことのないななしにはわからない。首を傾げる様子を喉で笑い、メイスは自室に戻った。「お前も着替えてこいよ」そう助言も与える。それに従い、ななしも準備した。
 メイスに後ろからしがみ付き、操縦者の重心に合わせる。夜風を突き抜けるが、妙に自分たちの家から離れているのが気にかかった。それをメイスは教えない。一先ず目的の店まで、バイクを走らせることにした。


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