バスタオル一枚(消火後)

(あっつい)
 ななしの行動理由は、至極単純だった。hot≠スった三文字が頭を占める。バスタオルを身体に一枚巻いた状態で、のろのろと出てくる。靴は踵を踏まないよう気を付け、スリッパに履き替える。喉が渇いて冷蔵庫に向かえば、ソファは空いているようだ。グイッとミネラルウォーターを一杯飲んでから、無人のソファを占領した。ゴロンと寝転がる。自由だ。エアコンの風を謳歌する。そんな自由を満喫するななしへ、当の二人が近付いた。ゲーラとメイスである。一方は一人掛けのソファで寛ぎ、一方は自室から出てきたところだ。この状態から動かないななしを見て、顔を顰めている。
「おい。そういう格好をした以上、わかってンだろうなぁ?」
「なにが? 風に当たってるだけだよ」
「直接的にいわないとわからんのか? 目に毒だ、ということだ」
「なんで?」
「見てわかれや」
「脱がしやすい、ということだ」
 苦い顔をするゲーラと眉を顰めるメイスに、ポカンとする。『脱がしやすい』とは。いまいち理解が追い付かない。(いつも見てるのに?)脱がす方も脱がす方だ。時折自分から脱がすよう、自分で脱ぐよういわれたことを思い出し、寝相を変えた。ゴロン、とソファの背凭れに顔を埋める。ギュッと身体を小さくした。
「なんか緊張してきた」
「興奮してきた、の間違いだろ」
「いってやるな。まぁ、胸がドキドキしてきたということか」
「いわないで」
「だったら、とっとと着替えてこい」
「ちゃんと服を着るんだぞ」
「うん」
 捕食者から解放されて、ななしは起き上がる。自室へ戻ろうとした途端、違う人物の足音が聞こえた。ゲーラとメイスではない。慣れた足取りで廊下を歩き、リビングへ真っ直ぐ向かっている。
「ゲーラ、メイス。いるか?」
「ボス!?」
「なっ、いったいどうしたんですか!?」
「いや、ちょっと用事があって。って、ななしはどうしたんだ?」
「いや、それが」
「アイツに、なにか用事があって?」
 ゲーラとメイスにソファへ連れ戻された。肘掛けの方にゲーラが、背凭れの側にメイスが寄り掛かる。それぞれ、ソファが背を向ける方角に身体の正面を向けていた。腕を引っ張られ、足をキュッと持ち上げられたおかげで、ななしは背凭れの後ろへ隠れる形となった。
 リオの目に、ななしの姿は映らない。
「いたら聞こうと思ったんだが、まぁ、いい。どうせお前たちが無理をさせたんだろうからな」
「は、ははっ」
「最近は、ちゃんと優しくしてますよ」
「どうだか」
(というか、無理はされてないと思う)
 三人のやり取りを聞いて、ななしはそう思う。ゲーラは乾いた笑いをし、メイスは苦笑いする。散々な前科を見ているからか、リオは訝しんでいた。声色から、仁王立ちで腕を組んでいる様子がわかる。押し込められた一瞬を除いて、ななしの身体に二人の手は触れていない。半ば自由だ。身体を巻いたバスタオルの裾を伸ばし、体勢を変えようとする。少し寛ぎやすい姿勢にしようとした途端、爪先がソファの影から出た。「ん?」リオが眉を上げる。向かう視線の先を咄嗟に追い、ゲーラとメイスは原因を把握した。サッとメイスが右に動く。自分が物影となった。「いや、その、これは」説明に苦しむ。どうにかリオに納得して貰いたいが、隠し事はできない。不審な動きを見て、リオの機嫌が悪化する。ムッと頬を膨らませた。これに耐えきれないゲーラが、全てを暴露する。ギュッと目を瞑って、肩を震わせながら叫んだ。
「すっ、すみませんッ!! ボス! その、コイツ、今とても目に悪い格好をしているんで!! とてもじゃないが、ボスには見せられないんです!」
「また変な格好にでもさせていたのか? 猫耳メイドの破廉恥な格好辺りか?」
「ボス、俺たちのことをどう見ているんですか。というか、そのような知識をどこから。ボスの情操教育に悪いですよ」
「お前は僕の保護者か。僕だって男だ。そういう知識くらい知ってるさ」
「ボス!?」
「どうせ健全な格好をしても、いやらしい格好で見ているんだろう。まったく、節操がないな。お前たちは」
 はぁ、とリオが溜息を吐く。今度はメイスが反論しなかった。キュッと口を閉じ、なんともいえない顔をしている。ゲーラもゲーラで、二の句が継げないようだ。「いや、それは」「ボスも好きなヤツができたらわかりますよ」「なんだって?」「その、大人の階段ってヤツっすよ!!」「どういうことだ」リオに突っ込まれて、苦し紛れの結果を伝えた。外れてはいない。リオはまだ、そうした経験をしたことがないからだ。
「ったく、どうしようもない奴らだな。お前たちの性癖を聞きにきたわけじゃないんだぞ?」
「まだいってませんよ!?」
「ボス! 俺の趣味は猫耳メイドなんてもんじゃありません!」
「あー、わかった、わかった。それで来た用事ってのが」
「ボス。すごくぞんざいにあしらってるね」
 ひょこっとななしが顔を出す。ここまで適当に二人をあしらうリオが、珍しかったからである。背凭れの後ろから顔を出したななしに、リオが固まる。当の本人は顎を背凭れに乗せ、裸の肩と腕を外へ出した。脇が見えている。服を着てるようには見えない。リオは思わず、片手で両目を覆った。言葉を失う。それ以上に驚いたのが、ゲーラとメイスだ。
 突然の乱入に、思考が止まる。折角見せないように苦労してきたことが、パァだ。水の泡である。水泡に帰す。ついでに、動いた振動でバスタオルが外れかかった。「あっ」背中が丸出しになる。辛うじて、長くなった裾が臀部を隠した。胸をソファに押し付けても、落ちるバスタオルの動きは止められないようだ。よくて一時的に遅らせるだけである。これらの様子から、簡単にこの後の出来事が想像できた。
 ぶわっとパニクって即座に動き出す。ゲーラがななしを抱え、メイスが落ちたバスタオルを胸まで引き摺り上げた。咄嗟にバスタオルの端を背中へ移動させ、後ろでキュッと結ぶ。一時的な処置が終わると、ゲーラがななしを抱えた。
「すみません、すみません!! ボス! 今からこいつを部屋に送り込んでくるんで!!」
「今すぐ服を着させてきます!! 本当ッ、申し訳ありません!」
「あぁ。さっさと放り込んで今すぐしてくれ」
 両目を閉じたまま、痛む頭を抱える。苦虫を噛み潰したように、顔を顰めていた。眉間に皺を寄せ、奥歯をギリリと噛む。自分に対しても変わらないななしの動きに、不安と色々な懸念と胃痛を抱いたからだ。これは苦い顔をせざるを得ない。
 ──リオにはあとで、気苦労をさせた分を取り返さなければならない。
 そのことを考えながら、二人は迅速にななしを着替えさせた。そこで下着はななし自身のものであるのに服が二人の私物だという点を知って、リオは追究を放棄した。どうせ、しどろもどろからの惚気が入る。最初からわかっているなら、聞かない方がマシだ。時間の節約になる。
 場が整ったことを見て、話し始めた。


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