新しい文明とリード(消火後)

 あの頃とは考えられないほど、品揃えが多い。初めて入ったスーパーにななしは足を止める。バーニッシュだと、自身の正体が気付かれる前に早く終わらせる必要があった。それが、今ではない。店の中のあらゆるコーナーを、寄り道できる。うろうろと脇道に逸れ続けるななしを見つけて、慌ててゲーラが手を掴んだ。まるで迷子防止用のリードである。メイスがカートを押し、買うものを決める。横でゲーラが物申した。そのような会話もあったのか、とななしはしみじみと感じた。全てが別世界のようである。並んだ数多くの缶詰に、目をキラキラと輝かせる。
「ねぇ、あれ!」
「あ?」
「なんだ、どうした」
「食べれるの?」
can≠ニ助動詞が付いていることを見るに、賞味期限と消費期限の問題だ。(そこまで人の世を離れていたのか)と思いつつ、二人は答える。メイスが適当に、手頃な一つを掴んだ。
「新品同様に食えるぜ。加熱するまでもねぇ」
「そんなに!?」
「流石に温めた方が美味いがな。ほら、見ろ。ここが賞味期限の表示だ」
「しょーうみきげん」
「味の美味さが保証されている期限だ。逆に、半年過ぎると消費期限となる」
 そのゲーラの説明に、ななしは固まる。自分たちの食べてきた缶詰は、一年か二年ほどの時が過ぎていた。置かれていた境遇を再実感し、ななしは口を閉ざした。表情は変わっていないものの、見るからに落ち込んでいる。メイスは見せた缶を戻して、今まで食べていなかった種類を選んだ。期間限定や販売年数の少ないものを探す。
「メジャーなものは、残る確率がデカかったからな」
「めじゃーって?」
「いつでもある主力商品ってことだよ。多く入れても他より売り切れるからな」
「へぇ」
「マイナーなものよりも捌けるってことだ。安心信頼の実績があるからな」
「看板商品だと、尚更そうなる。一個ぐらい、買っておいても損はねぇだろ」
「だな。新品同様の味は味わわせてやりたい」
「違う味なの?」
「そりゃぁな」
「開いた瞬間に驚くぞ」
「へぇ」
 今まで風味の抜けたものしか目にしなかった分、ななしは想像が付かない。ゲーラは片手で目に付く商品をカートに入れ、メイスは手を休めて総額を計算する。「これだと足らん。もう少し絞れ」「あ? どうにかならねぇのかよ」と相談も始めた。ななしは埃の被っていない棚を眺める。缶詰は金属であるものの、どこにも錆が付いてなかった。手近にあったものを掴み、しげしげと眺める。缶が並ぶ最前列に、風化していないラベルが貼られていることに気付いた。その表示を指差す。
「ねぇ」
「あ?」
「なんだ?」
「これって、お金を払って『買う』ってことなの?」
「そりゃぁな」
「じゃないと犯罪になる。バーニッシュ罪じゃなく、窃盗罪でな」
「それは大変だ。えっと、そうなると、えっと」
「おう」
「財布、所持金?」
「そうなるな」
「その制限があって、それの以内で買わなきゃってこと?」
「そうなるけど、惜しいな」
「翌日へ繰り上げて資産を貯める、ってこともしなきゃならん。その日を凌ぐだけの生活はできんってことだな」
「なるほど。なんとなく、わかってきた」
 村の日々を思い出し、ななしは頷く。村という集落を形成した以上、備蓄や補充なども色々とするようになった。それが個人という枠に範囲が狭まり、それが平和な文明社会の常だという。メイスがカートを押し、ゲーラがななしの手を引っ張る。それに釣られて、棚の前からななしは引き剥がされた。迷子用のリードを付けられながら、ななしは辺りを見回す。
「人がいっぱいだね」
「そりゃぁな」
「生活必需品が詰まっているからな」
 返し方も人それぞれである。様々な背景を持つ文明人が行き交う様子を、ななしは物珍しそうに眺めた。


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