街中デートしたい(ゲーラ)

「んっ」
 突然手を差し出される。とりあえずそれに手を翳したら、ギュッとゲーラが握り締めてきた。親指を人差し指の付け根に置かれて、残りの指を小指の下に揃えられる。抜けようと思えば、いつでも抜けれる緩さだ。グッとゲーラの方へと引き寄せられる。寒いんだろうか? 確かに、今日は朝から肌寒く感じるけど。
(本格的な秋に、なったからなぁ)
 ゲーラと街の中を歩きながら思う。広葉樹はまだ緑が多いけど、着込む人が多くなった。首元が裸のままだと、ちょっと寒い。ジャケットの襟を少し寄せる。M-1ジャケットと違って、ちょっと軽いしモコモコしてる。きるてぃんぐじゃけっと、ともいうのらしい。(ここまでモコモコだと、間違って燃やしそう)レザーは、まだわかりやすかったし。昔の感覚に浸ってると、ゲーラがジッと見ていることに気付く。目を合わせる。なに? と尋ねる前に、ゲーラが口を開いた。
「やっぱ寒ぃか?」
「ちょっと。少しは着込んだけど」
 チェックワンピースと、素足とソックスとシューズ。ワンピースの生地は少し厚めとはいえ、足を撫でる風が寒いのは寒い。「オシャレするにも、痩せ我慢いるのかな」「女も大変だな」なんて会話を交わして、目的地に向かう。行き先は告げられていない。突然「出かける準備しろよ」といわれただけだし。当の連れ出した本人といえば、タートルネックの首に顎を埋めている。鼻の先が赤い。白い息は出てないけど、やっぱ寒いのはそっちなんじゃない?
「温かいとこ、行く?」
「おー、そうすっかね」
「どこだろう。店の中とか?」
「そいつぁ、まだの予定だな」
「そう。じゃぁ、ゲーセンとか?」
「んな使い込む予定はねぇな。欲しいモンでもあンのか?」
「ううん、ない。じゃあ、映画館?」
「んや」
 クッとゲーラが軽く肩を竦める。それと一緒に、手も引っ張られた。「そいつもねぇな」と、ゲーラが否定をした。(じゃぁ、いったいどこに行きたいんだろう)ブラブラと街の中を歩く。ゲーラもシューズで、私もシューズで、私は素足。ソックスで足元を覆っているとはいえ、ゲーラみたいにスッとタイトな感じの黒いズボンじゃない。「ジーパン?」と聞くと「デニムだな」と返ってくる。デニムとジーパンの違いって、素材だけ? 黒のデニムが、ピッタリとゲーラの足にくっつく。
「いいな。それも履きたかった」
「別に、今の感じでもいいんじゃねぇのか。よ、く似合ってるぜ」
「そう? いつもと、着慣れてない感じだから」
 ちょっと変に感じる。そうポツリといったら、ゲーラが呆れたような顔をした。ちょっと顔を上げて、上から見下ろしてくる。それ、怖い。
「それ、怖いよ。やめて」
「はっ? あ?」
「ちょっと怖いっていってるの」
 グッとギリギリまで踵を上げて、ギリギリまで爪先で立つ。両手を伸ばせば、ゲーラの顔に届く。ちょっと顎を引いたから、グッと顔を引き寄せやすくなった。ゲーラの猫背が、さらに猫背になる。無理矢理上半身を屈めさせられたせいか、キョトンと目を大きくしていた。ポカン、と口も開けている。
「こう、がいい」
「おっ、おう。そうか」
 というか、さっきからゲーラ。やけに挙動不審のような気がする。
 ゲーラが直したことを見て、踵を地面に下ろす。ふぅ、疲れた。おかげで足首の辺りが痛い。ついでに脹脛の、踵に近い筋も。抜き足、差し足、忍び足。これらをやろうとしても、長い年月の慣れがいる。
 指を折って数える。今ので足が疲れたから、どこかで休みたいな。お茶でもしようか。スッと顔を上げようとすると、ゲーラの視線が旋毛に刺さってたことに気付く。「なに?」と今度は口にすることができた、「あー」とゲーラが気まずそうに、視線を左右へやる。
「に、似合ってるぜ」
「うん。何度も、鏡をチェックしたから」
「そうじゃなくてよ。クソッ」
 今度は悪態を吐かれる。なんだ、なんだ。今度は顔をプイッと横へ反らしたし、唇も尖らせている。ついでに顔も、さっきより赤い。ブルゾンジャケットに両手も突っ込んだ。ちょっと、拗ねてるんだろうか? ゲーラの顔をもう一度見る。ジト目で、どこか睨んでいた。
(そういえば、マリンテイストなボーダーシャツ)
 確か、ゲーラは持ってたはずだ。着ていたのを見たこともある。下地はベージュに近い色合いだったし、青みの強い黒の細いボーダーだったから、今の季節にも合うはずだ。「ねぇ」と口を開く。ゲーラがさっきと違う様子で振り向いたから、聞くことを忘れてしまった。
(拗ねてない)
 ポカンとしていると、グッとゲーラが顔を引き締めた。さっき見たときよりも赤い。足を止めて、こっちに体を向ける。流れるように腰を屈めて、距離を縮める。ポケットから出た手が、私の顔にかかった髪を掬った。スルリ、と。ゲーラの指から私の髪が滑り落ちる。
(なんか手、震えている)
 どうしたの、と聞こうとしたらゲーラが口を開いてきた。
 いうのを待つ。けど、一向に声が聞こえない。辺りがうるさいんじゃなくて、ゲーラが声を発しないだけ。耳の先まで赤くして、パクパクと口を開けたり閉じたりしている。まるで、酸素を求める魚みたいだ。そんな死にかけの呼吸をしても、小さなテラコッタの瞳が私を外さなかった。「ぅ」と小さく声を出す。ゲーラの眉間が、ますます険しくなった。
「ぁ、ぅ、っぁ」
 全然声にならない。唇が形を作るけど、声が全然それに乗ってくれない。気まずそうに、ゲーラの目が泳ぐ。頑張っていおうとした唇も段々拗ねたものになってくるし、強張った肩も落ちてくる。とうとう、ゲーラから溜息が出た。フルフルと、力なく首を横に振る。
「どっか、適当な店で休むとすっか」
「そうだね。バザーとか見て、楽しめたらいいけど」
「あー」
「リオやメイスと一緒に楽しめたらいいよね」
 みんなで見たら、きっと楽しい。そう口に出すと、グッと肩を掴まれた。その力に足を止める。顔を上げる間もなく、顎を持ち上げられる。さっきと違う、素面のゲーラがいた。そのまま近付いて、チュッとキスをする。唇に口を付けられた。人前で。いや、でも。ここも人前でキスをする文化、当たり前の文化だったような気がするので、別に変じゃないはず。
 唇に手を伸ばす。触ろうとしたら、ゲーラがギュッと握ってきた。今度は、指と指とを交差して握る。ただじゃ離れることができない。ギュッと、根元から握り締めてくる。
(こ、れって)
 思い当たる握り方の状況に、ボッと顔に熱が灯る。「ほーう」今度は違う、素面のゲーラが私を見下ろした。
「お前。んな顔もできるんだな」
「うっ! み、みないで」
「ハンッ! おいおい、こうしろっていったのは、お前の方だぜ?」
「ち、ちがう。こういうのは、想定してなくて。その」
「ななし」
 名前を呼ばれて、ビクッと跳ねてしまう。恐る恐る目を開けると、ゲーラがまた近付いていた。
 ギュッと目を瞑る。まだゲーラの視線が、こっちに突き刺さってる。熱い。チュッとまた唇にキスが落とされて、角度を変えてもう一往復した。左右の端に、ゲーラの唇の端が当たる。それで満足したのか、ゲーラが離れた。
「んな顔を、するんじゃねぇ」
 襲っちまうぞ、と耳元で囁かれた声に、またビクッてしてしまう。キュッと体を丸めて、どこかに隠れようとしてしまう。「あー」とゲーラが困ったような声を出す。もう一度薄く目を開けたけど、ゲーラの表情は変わってなかった。
 グイッと、空いてる方の手で私の頬を拭う。
「取って食おうとしねぇよ。んなすぐに」
「ほ、ほんとう?」
「おう、人前で食おうとはしねぇよ」
 その言葉に、ホッとする。ならよかった。握られた手を、握り直す。ゲーラも、握る手の角度を少し変えて、緩めてくれた。
「なら、どこかで、ちょっと休憩したい。喉も渇いたし」
「おう」
「それで、えっと。軽く食べながら、どこか寄るところを探した方がいいし」
「あー、そうだな」
「ゲーラ」
 今度は私が名前を呼ぶ。それに、ゲーラが視線だけで答えた。「ん?」だ。少しだけ表情は変わってるけど、些細なことじゃない。この距離と比べれば。
「ち、近い」
 流石にこれは近い。グッとゲーラの肩を、空いた手で押す。けれどゲーラは逆に押し返した。さっきと表情は変わらない。素面で飄々と言い放った。
「わざとに決まってンだろ」
「えっ」
 聞き返すよりも先に、口を塞がれた。


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